―今月の写真―
「最後の楽園」の喜劇
写真・文章 大野哲也 * 
「最後の楽園」ということばを頻繁に耳にするようになったのはいつごろからだろうか。

このことばが喚起するイメージを一言でいうと、「現代文明に『汚染』されていない」ということではないだろうか。海外旅行のパンフレットなどで、南の島々を紹介するときに使われているその表象のしかたをみても、それはよく理解できる。

しかし、もし、そうであるのならば、南の島々だけが「最後の楽園」ではないだろう。現代文明から「隔離」された場所というならば、南極も「最後の楽園」を名乗る資格があるはずだ。さらにいえば、広大な南極大陸の中でも南極点こそが「最後の楽園」を象徴する究極の場所なのかもしれない。少なくとも、私はそう思っていた。
 
北極点に立ったあとに南極点に立ってみると、両極点の環境がずいぶん異なっていることに驚かされた1)。たとえば、気温。北極点は0度に過ぎなかったが、南極点はマイナス27度だった。また、ブリザードも、北極を「そよ風」とするならば、南極は「台風」くらいの威力があった。南極では、一瞬にして上下左右がわからなくなるほどすさまじいブリザードを経験したこともあった。

この大きな違いを生み出す最大の原因は、人間が立つことができる北極点と南極点の標高の高さにある。北極点はほぼ海抜0メートルであるのに対して、南極点の標高は2,800メートルもあるのだ。ちなみに、南極点における「地面」はほぼ海抜0メートルらしい。それはつまり、地面の上に2,800メートルもの厚さの氷が乗っていることを意味している。

当然のことながら、氷河は流れる。南極点では、1年間に10メートルほど流れているらしい。「南極点」が徐々に移動しているというわけだ。その証拠に南極点付近には、約10メートルごとに「今年の南極点」、「去年の南極点」、「おととしの南極点」・・・、という具合に目印の棒がずらりと立てられていた。







<北極点>


南極でテント生活をしていた1ヶ月間、私は南極のダイナミックな自然に、完全に魅了されていた。24時間沈まない太陽。針で皮膚を突き刺すような冷たい空気。風が凪いだときの凛とした無音の世界。360度の地平線まで延びる氷河。凶暴なブリザード。それらは言葉では表現できないぐらいの迫力で私を圧倒し続けた。そして私は「南極こそが『最後の楽園』だ」と確信したのである。

しかし、私の確信はすぐに裏切られることになる。


南極点にはアメリカの「アムンゼン・スコット南極基地」がある2)。12月から翌年の2月にかけての短い夏の間、この巨大なドームでは145人もの人々が生活していた。このような規模になると、基地というよりはむしろコミュニティといったほうがいいかもしれない。私が完全防備のいでたちで、「冒険家」気取りでドームに入っていくと、暖房がたっぷり効いた建物の中から、ジーパンにトレーナー姿の若い女性が颯爽と現れて「ハーイ!ウエルカム・トゥ・サウス・ポール!」と出迎えてくれた。

私は驚愕し、そして、一瞬にして興ざめた。

ここでは、人間の果てしない「快楽への欲望」が現実化されていた。食堂には熱々のコーヒーと焼きたてのクッキーが常時用意されているだけでなく、隣接してビリヤード場やコンビニエンスストアまでもがあった。郵便ポストの横を見れば、「南極点記念スタンプ」まで置かれている。

それだけではない。驚いたことに、基地のトイレは水洗式だったのである。凍ってない水がふつうに流れていくのだ。繰り返しになるが、ここでは145人が生活をしていた。氷の世界でそれだけの水を作るのに、どれほどの文明の利器が使われているのだろうか。しかも、これらの汚水は、南極の汚染を防ぐために、すべて飛行機で持ち帰っているという。

まったく喜劇そのものではないか。

現代科学は、ついに、宇宙旅行までもを実現させた。地球上に限っても、エベレスト登頂ツアーの存在はもとより、北極点でも南極点でも、行きたいと思えばどこへでも行ける。南極温泉ツアーまでもが催行される時代なのだ。しかも、以前とは比較にならないほど快適に行け、快適に過ごすことができる。

それを可能にさせたのは、間違いなく、交通機関や通信網をはじめ、装備品や器具というような文明の発達であった。しかし、この「快適さ」が、かえって人びとを「最後の楽園」へと志向させることになった。現代文明に囲まれているからこそ、一時的にせよ、そこから解放されたいと願うのだ。蛍光灯の光に包まれているからこそ、ランプの灯りが懐かしいように・・・。

ところが、皮肉なことに、「最後の楽園」に行きたいと願う人が多くなった途端に、その場所は「最後の楽園」ではなくなってしまう。多くの人びとの欲望に応えるべく、文明の利器をフル回転させて、ただちにルートが確立され、「最後の楽園」というイメージを温存したまま、人びとの望みどおりにかたちを整えるからである。その象徴が、南極点に設置された水洗トイレなのだ。

「最後の楽園」は、それを追った瞬間に、蜃気楼へと姿を変える。




<アムンゼン・スコット南極基地>


1) 筆者が両極点に立ったのは1995年である。
2)詳しくは、http://www.southpolestation.com/


* 博士後期課程

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