―今月の写真― | ||
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マオリ風、舌の出し方 〜ニュージーランド北島・ルアトキ〜 |
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写真・文章 池田 篤史 * | ||
べぇ! タネアツア・コハンガレオ(幼稚園)の男の子たちにカメラを向けると、小さな唇の隙間からにょきっと舌が飛びだしてくる。中には一丁前にハカのポーズを決める子どもたちもいたりして、ちょっとした特撮ヒーロー気どりで「撮って、撮って」とせがんでくる。舌出しは彼ら一番の決め顔なのだ。 戦闘舞踊ハカを踊る「戦士」たちは彼らの憧れの的だ。お父さんやお兄さんのあとについてカパハカ(マオリの舞踊集団)の練習を見学するときには、見よう見まねで手足をばたつかせながら、「いつかは僕も」と心ときめかす。カパハカの激しい練習を眺めながら、つられてしまってつい舌を出してしまう。まだまだ幼さの残る、かわいらしい子どもたちの舌出しも、そんなモノマネをくりかえしていくうちに、だんだんと力強さを帯びていく。 |
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![]() ぶぇぇ!!! < 舌出し歴11年、クラカウパパ・オ・ルアトキのカパハカに所属する、ジョーイの舌出し> |
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現地のカパハカ「テ・カル」での練習中、私の周りに集まってきた少年のうちの一人が、私に向かって、唐突に舌を突きだした。屈託のない彼の笑顔が、みるみるうちにいびつさを増していく。どうだ、と言わんばかりに自信たっぷりの目でこちらを見上げて、諭すように語った。 「こんな舌出しができるか?これができなきゃ、マオリの男として認められないぜ」 クラカウパパ(小学校)のカパハカに参加すると、学校教育の中で制度的にハカを習いはじめる。ハカの中での舌出しの意味を学び、彼らはそれを「男らしい」身体表現として理解するようになる。そして、研究熱心な少年たちは、日々洗面所の鏡を前にみずからの顔面と格闘し、より恐ろしい仮面を手に入れるのだ。舌を出す。顔を歪める。そうして、彼の顔面が持つ攻撃力がぐんぐんと上がっていく。少年が、マオリの男になっていく。 |
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![]() んぶははぁぁぇぇ!!!!! < 舌出し歴30年、テ・カル随一のベテランパフォーマー、アドの舌出し > |
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熟成された壮年の舌出しは、もはやこの世のものとは思えないほど醜い。彼らは顔の歪め方を完全に体得している。いったい、これまでどれくらいの時間を鏡の前で過ごしてきたのだろうか。 戦争に勝利したあと、舌を出して敵の肉を喰らってやる―それが、ハカの中の舌出しが持つ本来の意味だ。それが恐ろしく、醜くなければ、対峙する敵がおののくことなどない。彼らは舌を出すことによって、自らの顔面を不細工にねじれまがった鬼面へと変貌させるのだ。現在の彼らの生活では人を喰らうことなどありえないが、それでも彼らは舌を出しつづけている。 パフォーマンスの最中、隣に座っている女性が声をかけてくる。 「見て見て、彼の表情すごく醜いよ。クールね」 まったくその通り、彼らの表情は醜く、それゆえにかっこいい。彼らが舌を出す理由はそこにある。 「いかした自分を見せるためさ」 そこに敵がいようといまいと関係ない。 「どうだ、俺を見ろ!」 それが、彼らの舌出しに共通するメッセージ。そして、きまってデジタルカメラの液晶画面を確認し、たけだけしい「戦士」の表情を見つめながら、満足げににたにたといやらしい笑みを浮かべるのだ。 さて、何かにむかって舌を突きだしたいという衝動が、どうやら私の中にも棲みついてしまったらしい。今日も一人、鏡に向かって舌を出してみる。ぶぇぁぁ! 舌出し歴2年、相変わらず目の前の鏡に映るのは、まるで出来のよい福笑いの面。 「・・・うーん、まだまだ自分には醜さが足りないんだよなぁ」 そんなことを思いながら、少しだけ苦笑い。 |
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* 博士後期課程 | ||
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