| ―今月の写真― | ||
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| 米海兵隊員の誇り "Once a Marine, Always a Marine" |
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| 写真・文章 宮西香穂里* | ||
| 5月の初旬のある日、ジョンと私は、沖縄本島の米海兵隊基地、キャンプ・フォスターにある小さな公園のベンチに座っていた。小高い丘の上にある公園からは、青い海や町の日常風景が見える。スーパー・サンエーの黄色いマークが遠くに見えている。 毎日、見慣れている風景も、基地内からはどこか外国の風景にみえるから不思議だ。公園のすぐ横には独身兵士用の兵舎がある。私たちの近くのベンチには、若い海兵隊員たちが何やら楽しそうに話をしている。恐らくこの兵舎に住んでいるのだろう。 ジョンは、30代前半の二等軍曹(Staff Sergeant)の海兵隊員で、海兵隊では中堅にあたる。沖縄の女性と結婚し、小学校に通う息子がいる。彼は、結婚生活や海兵隊員としての生活について、穏やかな声で話はじめた。私は、すぐに話に聞き入った。 基地内はだいぶ静かになっている。日没近くなったのだろうか。さっきまで騒いでいた海兵隊員たちはすでにいなくなっていた。国旗降納の5分前に鳴らされるラッパの音(First Call)が基地内に鳴り響いた。ジョンは「Excuse me.」 と言って、すくっと立ち上がり、ベンチから少し離れたところに立ち止まった。私も彼の後ろに立った。 米軍基地では毎日一日二回、国旗掲揚・降納が行われる。午前8時には国旗掲揚(morning colors)が行われ、日没時には国旗降納(evening colors)が行われる。国旗掲揚の際には、アメリカの国歌が最初に流れ、次に日本の国歌が流れる。その間に日米の国旗が米軍兵士二人とゲートの警備員である日本人二人によって掲揚される。 国旗降納時には、ラッパの音(Retreat)とともに、国旗の降納が行われる。この時間には、軍人、民間人、日本人、乗車中、室内外での仕事中を問わず、すべての人が国旗掲揚・降納が行われている方向を向き、動作を静止し国旗に対して敬意を示さなければならない。誇り高い海兵隊員にとっては、特に国旗掲揚・降納は、非常に大切な儀式である。 さっきまで私と話をしていたジョンは、完全に消え去っていた。ジョンは、国旗の方向を向き、ラッパの音が流れるのを待った。ラッパの音が流れるとすぐに敬礼をし、直立不動のまま、国旗が掲げられている方向をじっと見つめた。私たちが立つ位置からは国旗降納を見ることはできない。だが、彼の目には、国旗が降納される姿がはっきりと映っているのだろう。 軍服を着たジョンの横顔には、沖縄の太陽の光が反射している。彼の顔には、海兵隊員として、アメリカ人としての誇りが満ちあふれていた。基地内では、静寂な雰囲気がただよっていた。だが、ゲートの外では、基地とはまったく異なる日常生活が営まれている。 国旗降納の終わりを告げるラッパの音が鳴った。ジョンは、「I'm sorry.」と笑顔で言って、ベンチに戻った。海兵隊員としてのジョンは消えさり、夫・父親としてのジョンに戻っていた。一瞬だったが、海兵隊としてのジョンの顔を垣間見た、と私は感じた。 私の頭に、「Once a Marine, Always a Marine」という言葉がよぎった。これは、一度海兵隊に入隊したならば、海兵隊員としての誇りを失わず一生海兵隊員であるという意味だ。海兵隊員がよく使う表現でもある。私の前にいるジョンは、まさしく真の米海兵隊員だ。 ここに、家族を思いやるよき家庭人としての夫と国防に従事する海兵隊員の二つの顔を見て取ることができる。だが、海兵隊員にとって二つの顔を維持するのは容易ではない。戦争が始まると、海兵隊員は家族を残して最初に戦場に送り込まれる。そこでは、家庭人の顔は二の次だ。そして、妻は、海兵隊員の夫を支えることが期待されている。 海兵隊員が二つの顔を維持できるのは、家族の支援や犠牲があってのことだ。私は、こうした二つの顔の間にしばしば認められる緊張関係や葛藤を追い求めている。 |
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| * 日本学術振興会 特別研究員 | ||
| (写真) キャンプ・フォスター内での国旗掲揚 | ||
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