―今月の写真―
  視線の先 ―沖縄県宮古諸島・伊良部島
写真・文章 高橋そよ * 
群青色の暁闇の空に、旗が不意にあがった。

グルクンの群れをみつけたのだ。
約500メートル四方に散った仲間の船が、静かにその舳先の向きを変えはじめた。そして、赤いブイが海に投下された。追い込み漁の始まりだ。

沖縄県宮古諸島のひとつ、伊良部島。
アギヤーとよばれる集団追い込み漁のナヴィゲーションについて参与観察するため、船に乗り込んだ。この島のアギヤー組は、4隻のサバニ(小船)と水揚げされた魚を積みこむ母船で構成されている。現在、総勢24人の漁師からなる集団漁だ。

海の上では、大声をあげてもその距離に限界があり、さらに船のエンジン音にかき消されてしまう。まして、ほとんどの漁師が長年の潜水漁のため、耳が遠い。声の届きにくい海上では、どのように情報を伝え合うのだろう。

朝5時前、空と海は漆黒色だ。島の稜線は、うっすらと星明りに照らされている。風は北西、潮は引き始めた。佐良浜港を出航し、防波堤を抜けると、ゆっくりと細い航跡を引きながら、水面を滑るように進む個人漁のサバニに遭遇した。私の乗るサバニの親方は、その漁師に向かって両方の手のひらを開いてみせた。すると、そのしぐさを見た漁師は、親方に向かって両手の人差し指を頭の上に立てて、笑った。

イセエビをとったのだ。サバニの漁師が頭の上に立てた2本の人差し指は、イセエビの触角を表現している。声の届きにくい海上では、漁場や漁獲物の名称を身振りによって伝え合う。たとえば、頭上に両手の親指と人差し指で円をつくると「ティダ(太陽)」、両手で頭を押さえ、次に腰を押さえると「カナマラ・グシ(頭・腰)」とよばれる漁場をさす。「タナカ・ヌ・シ(田中・の・干瀬)」という漁場は、本を読むようなしぐさをするという。田中元首相のような勉強熱心さを表現するというのだ。

その他にも、アギヤー組では、離れた場所にいる仲間の船と情報を取り交わすために、旗を用いる。アギヤーのような集団追い込み漁では、複数の漁師に瞬時に情報が伝わることが漁の明暗を分ける。魚の群れをみつければ、直ちに袖網と袋網を設置しなければならないからだ。
親方のあげた旗は、グルクンの群れの位置を知らせるものだった。各船にこの旗が積載されているので、複数の旗が立つこともある。すると、アギヤーを統制する漁労長は、潮や風の状態、海底地形などを考慮して袋網を設置する場所を決定する。そして、赤いブイのついた袋網を水中におろす。この瞬間に、追い込み漁がはじまる。

その日、水面に船影が映るほど、海は凪いでいた。

漁場となるサンゴ礁に着くと、数人の漁師が、魚の群れを探すために水中に潜った。その間、私は船に残った親方からヤマアテの仕方について、舵をとりながら実地訓練を受けていた。ヤマアテとは、電波塔や防波堤、建物、岩、山の稜線などの陸上の指標と海上の船を結びつけた線を複数交差させることで、漁場の所在を知る測位術だ。電波塔などの小さい指標は、波に揺れるだけで、すぐにずれてしまう。このずれは、海の中ではより大きくなるという。また、漁場内の微地形は、波紋やうねり、水面の色の変化からとらえるという。

なかなか波紋の違いがつかめない私に、細かく指示を出しながら、親方は海に浮かぶ仲間が手のひらの先を水面から出したのを見逃さなかった。そして、親方は布がまきついた竹竿をつかんだのだ。それは、漁場の様子をうかがっていた漁師が、グルクンの群れをみつけたことを知らせる合図だった。私は、旗があがるまで、まったくその漁師の小さな動きの変化に気がつかなかった。

私は、陸と海を生業の場として生きる親方の眼差しの深さに新鮮な感動を覚えた。私は、彼と同じ船に乗りながらも、まったく違う空間の広がりの中にいるのだ。世界観の多様さに気づかされる、こうした驚きが、私をあの島にひきつけてやまない。


海の空間認識、沖縄の漁師に興味を持った方へ


秋道智彌 1981 「魚・イメージ・空間:サタワル島民の航海術における位置認識のしかたについて」『季刊
 人類学』12(2):3-46。
見目佳寿子2004「カツオに生きる海人」『カツオとかつお節の同時代史』藤林泰・宮内泰介(編)、pp.232-
 255、コモンズ。
Lewis David 1972 We, the Navigators The University of Hawaii, Honolulu.
三田牧2004「糸満漁師、海を読む:生活の文脈における“人々の知識”」『民族学研究』68(4):465-486。
高橋そよ 2004「沖縄・佐良浜における素潜り漁師の漁場認識:漁場をめぐる“地図”を手がかりとして」『エ
 コソフィア』14:101-119。
鶴見良行 1990『ナマコの眼』筑摩書房。
卯田宗平2003「ヤマアテとGPS:技術を越境する漁師たち」『現代民俗誌の地平1 越境』篠原徹(編)、 
 pp169-190、朝倉書店。

* 沖縄大学地域研究所 特別研究員
博士課程単位取得退学(H16年度)
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