―今月の写真― | ||
あるラスタファリアン宗派の生きる「現実」 〜 ジャマイカ 〜 |
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写真・文章 神本 秀爾* | ||
ジャマイカは1962年のイギリスから独立を果たした。とはいえ、現在も英連邦の一員として英国女王によって総督が任命されているように、議会制度のあり方だけでなく、国民のクリケット熱の高さなどからも、旧宗主国の名残を感じ取ることが出来る。 8月1日はジャマイカでは「奴隷解放記念日」の祝日である。官公庁や企業のオフィスが立ち並ぶニュー・キングストンのエマンシペーション・パークでは毎年のように祝典が執り行われる。2006年の8月1日、そのお祭り気分をよそに私は灼熱のキングストンを、とある集団と共に行進していた。 その行進とは、エチオピア・アフリカ黒人国際会議派ラスタファリアン(以下、会議派)のデモ行進。彼らは前エチオピア皇帝のハイレ・セラシエを聖書に書かれたメシアとして崇拝するラスタファリアンのなかの一セクトである。 ローブとターバンをまとい、ダウンタウンの中心にある公園の周りを7周まわり、ほら貝を鳴らしドラムを打ち鳴らす。行進の始まりのこの合図は旧約聖書にある「ジェリコの要塞」の記述の模倣である。彼らは腐敗と不正、差別の溢れた世界からの解放を要求するが、彼らが求める世界はハイレ・セラシエによって統治される世界でもある。 当日の行進の目的は、「奴隷解放」はまだ終わっておらず、真の「奴隷解放」はアフリカ(エチオピア)への帰還の実現によって達成される、と総督に伝えることであった。奴隷制度によってイリーガル(違法・無法)に連れてこられ、いまではジャマイカ国民とされた奴隷の子孫が、その祖国へ戻るためにリーガルな手続きを求めているという矛盾。 |
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会議派はアフリカ帰還を求めるラスタファリアンの中でも最も政治的な集団だと言われるが、それはジャマイカ大統領の起訴(却下)や「奴隷解放記念日」の行進といった政治的な手続きを行うことに由来している。しかし、彼らの主張の背景は宗教的なものである。正確に言うなら宗教=政治的であって、純粋に政治的なものではないし、そうはみなされない。 会議派の創設者、プリンス・エマニュエル(故人)は1958年3月に西キングストンで、3000人ものラスタファリアンを集めた「アフリカ帰還集会」を開いた人物である。具体的な帰還プロセスなどは示されておらず、また、彼自身が黒いモーゼや黒いキリストと自称していたこともあり、当時の新聞紙上では彼らの主張を「狂気の非現実」(fanatic unreality)と評した大学教授の記事が載った。私が一緒に行進をしたことからも明らかなように、彼らの「狂気の非現実」は21世紀に入っても私たちの生きる世界で「現実化」することはなかった。ただひとつ明らかなのは、「いろんな現実」があるということだ。 自分たちはエチオピア人であって、真のエチオピア人らしくあるためにターバンを巻いてローブをまとう。コミューン、「ボボ・シャンティ」での生活は植民地主義に侵される以前「キリスト教世界」であったアフリカの再現である。人は生きながらに神である。「Shuji、おまえは目が黒いから黒人だ」。私のなかに彼らの現実が入り込んでくる。私の現実がぐらりとゆがむ瞬間である。 |
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* 博士後期課程 | ||
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