―今月の写真―


対峙する曳山と若者たち―秋田県・角館

                                   写真・文章 小西 賢吾 *    
 

「交渉!交渉!」

黄色いタスキをかけた「交渉員」の一声から、かけひきの幕が開く。
向かいあい、停止したヤマ(曳山)と群がる男たち。秋田県、角館のお祭りの醍醐味とも言われる交渉の一コマである。

美しい桜や武家屋敷の町並みで有名な角館には、毎年9月になると熱狂の空間が現出する。神明社と薬師堂という2つの寺社が合同した、3日間にわたる祭りが行われるのだ。氏子地域からは18台ものヤマが出て、寺社に参拝して町内を巡行する。ヤマには人形と華やかな装飾。優雅で、時に勇ましい飾山囃子(おやまばやし)の音色をバックに、美しい踊り子が舞い踊る。そして夜にはヤマ同士がぶつかり合うヤマブッツケがある。

が、この祭りを評してある角館衆は言う。「日本一不親切でわかりにくい祭り」であると。

確かに最初に見た観光客は面食らうだろう。ヤマはバラバラに巡行するためどこにいるのか見つけにくいし、なかなか動かないヤマもいる。半纏姿の若者にいつ動くのか聞いても要領を得ない。ヤマブッツケの迫力には圧倒されるが、なぜぶつけるのか、なぜこの組み合わせなのか。楽しい祭りのはずなのに男たちの顔つきは一様にこわばっている・・・何なんだ、この祭りは?

じつは筆者自身も、最初に見た時はまったくわからなかった。そんな私をよそに若者たちは憑かれたように熱狂し、「オイサ、オイサ!」の掛け声を連呼。どうしようもない疎外感を味わった私は最後まで見ていられず、宿へと退散したことを告白する。

いったい何がヤマの動きを支配し、熱狂を作り出すのか。この問いをとく鍵のひとつがヤマのかけひきであり、それが顕在化するのが交渉の場面である。

ヤマ同士が路上で鉢合わせすると、通行の優先権をめぐって交渉が行われる。寺社参拝などの「目的」を持った方が先行するのが基本である。しかし交渉がまとまらなければ「道は自分で作る」となり実力行使、ヤマブッツケに発展する。特に本番と呼ばれるヤマブッツケでは、先頭部を持ち上げ斜めになったヤマ同士が、長時間にわたって絡み合い、押し合う。以前は夜明けまでブッツケをするのが恒例であったという。

交渉では、お互いのヤマの状態を確認、目的の表明に続いて、どちらが先行するか、交差するならその方法は・・・など丁々発止のやり取りが行われる。その背後には状況を厳しい目で見つめる責任者たちがいる。交渉員はしばしば結果を「ヤマに持ち帰り」、責任者の指示を仰ぐ。すんなり交差か、じらすのか、ブッツケも辞さないのか。状況は刻々と変化する。話の内容を聞き取ろうと群がる若者。ヤマの上でどっしり構える先導。意味ありげに立ち話をする年長者たち。

彼らは、幼い頃から祭りの中で育ち、普段から顔を合わせている。交渉員たちは、交渉の相手や、背後の責任者が誰か、その性格や癖まで踏まえた上で交渉に臨むのだという。交渉は責任者のよりマクロな戦略とも密接にリンクする。彼らは前年の展開や、ときに数十年もさかのぼった経緯を踏まえ、曳き回しの計画を練っているのだ。ヤマは交渉を行いながら、自らの道を切り開き進んでいく。最後に待つのはヤマブッツケか、それとも・・・・?

この祭りの「わかりにくさ」は、こうした個々の場面や動きの中に織り込まれた関係の多さ、厚さに起因しているといえる。まだその全貌を知るには至っていないし、知る時が来るかもわからない。ただ、若者の一員として微力ながら祭りに関わり、人垣に体をねじ込んで初めて交渉の言葉を聞いた時から、私はこの祭りに踏み込み、自分なりに「わかる」道しるべを得たのかもしれない。

「いいお祭りをする」という言い回しがある。一見簡単にしてその意味は重く、深い。

若者はそのために奔走する。決して楽しいことばかりではない。何か名状しがたい力に突き動かされるように動き回り、気がつくと祭りは終わっている。アトフキ(祭り後の納会)の席で誰ともなく「いいお祭りしたな・・」との声が漏れる。その時の穏やかな表情は忘れない。しかしその直後、心は次の祭りへ向かう。課題は山積している。祭り全体の運営からヤマの曳き回し、一人ひとりの関わり方に至るまで。再び彼らはそれぞれの生活の中で「いいお祭り」に向けて歩みはじめる。

そして私はまた角館を訪れる。駅を出て町に向かい歩いていると、「お帰り」と声をかけられる。じわりと喜びを感じる瞬間である。空き地や駐車場にシートで覆われたヤマが見られるようになると、祭りは近い。私たちは「オイサ、オイサ!」の掛け声とともに、再びあの熱狂の中に飛び込んでいく。新たなストーリーが紡ぎだされる瞬間を共有するために。

角館(秋田県仙北市)へのアクセス

京都から:寝台特急「日本海」で秋田経由、約14時間
     新幹線(東京乗り継ぎ)で約6時間
大阪空港から:秋田空港まで1時間30分、空港から約1時間
東京から:秋田新幹線「こまち」で約3時間

「角館のお祭り」は毎年9月7日―9日に行われます。
 詳しい観光情報は:角館町観光協会 http://www.hana.or.jp/~kankou/
 「角ナビ」 http://www.hana.or.jp/~kigata/
* 博士後期課程
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