―今月の写真― | ||
![]() <森の中> |
||
月と風船 −ガーナの村から | ||
写真・文章 石井 美保 * | ||
1. Merry Christmas in Obretema 「ブルーニャまで、あと何日?」 かまどの前で、小さなアジュアがたずねる。目がちかちか踊り、にんまりしてキヒヒ、と笑い声をたてる。ブルーニャまで、あと何日? クリスマスが近づくと、村の子どもたちはうきうきする。サンタさんがやって来るわけではないけれど、もみの木やケーキもないし、太陽はカンカン照りつけているけれど、それでも十二月はわくわくする季節なのだ。 村の雑貨屋にはクジつきの風船が登場して、子どもたちのハートをとりこにする。 「何番がいい?」 ちょっと考えて、小さなアジュアがさけぶ、「三番!」 「アタ、あんたは?」 アタはわたしと手をつないで、目をまん丸にしてもじもじしている。手渡された風船はとっても小さい。パークを歩きながら膨らまそうとがんばっているうちに、ほっぺたが痛くなってくる。アジュアは風船をくわえてキヒヒ、と笑う。ふたりは小さなハッカ飴の『ハース』をしっかり握りしめている。 そのうちに、雑貨屋には吹流しのついた紙帽子もあらわれる。ピカピカの赤や青や緑の色紙を貼った、色とりどりのとんがり帽子。 「シスター・エフィア、ブルーニャには帽子を買ってね」 「風船も買ってね」 「うんとおっきなビスケットも!」 はい、はい。 |
||
![]() <「コフィ、なにしてるの?」 「耕してるの!」> |
||
ある年のクリスマス。シスター・オブォと相談して、町からビスケットの箱とジュースの素を買ってきてもらった。ヴェランダでオレンジ色のジュースを溶いて、いくつものコップにそそぐ。ビスケットの箱を空けて、小さな包みをつぎつぎくばる。家の庭はあっという間におめかしをした子供たちでいっぱい。 日曜日みたいにぱりっとして、シャツをズボンのなかにきちんと入れて、女の子はフリルのついたドレスにリボン。兄さんは弟の手をひいて、姉さんは小さな妹をおんぶして、みんなはしゃいで、はにかんでいる。 アジュアとマアフィアはおそろいの、プリント地の大人っぽい仕立ての服を着て、とってもキュート。エドゥおじさん家の裏手の、ピンクの花が咲いているところで二人の写真をとった。 「シスター・エフィア、こんや教会(アソレ)へいく?」 教会でなにをするの? 「なあんにも!」 ほそい新月の輝く宵空に滲む子どもたちの賛美歌。 ブルーニャまで、あと何日? |
||
![]() <森から帰ってきたところ> |
||
2.森のおじいさん 昼さがり、大きな焼きたてパンを抱えてアジュアといっしょに森の小道を歩いていく。めざすはシスター・オブォのパパの家。アジュアは買ったばかりの赤い風船をいつのまにか頭よりも大きくふくらませて、ぽんぽんふりながら歩く。 ココアの森はしんとして、青い影が落ちている。ふたりが歩くたびに、かさこそと落ち葉がささやく。遠くからかすかに、子どもたちが鳴らす爆竹の音。 かさこそ、森の小路を一列になって歩いていく。頭上をわたる葉ずれの音、鳥のさえずり、キツツキのすばやいノック。いつもかわらず、太い幹をそびやかしたオジェンの大樹。緑の螺旋階段のようなキャッサバの群れ、朽ち果てたオニャの倒木、羊歯の生い茂る蒼ぐらくひっそりとした油椰子の林。 パパの家に辿りつく。小道の傍らには、人が訪れたしるしのようにプランテンの青い房、ごつごつとした油椰子の赤い実が置かれている。 「パパ、アゴーォ…」 小さなアジュアが呼ばわると、パパは白髪頭をあげて、オオ、とこたえる。 おお、異人(オブロニ)さん。来よったか。 家の土壁にもたれて腰をおろす。昼でもうす暗い森の中にはブヨがいるので、わたしは大きな布をすっぽりかぶる。アジュアはクワメといっしょにいろりのそばに落ちつく。かまどでは、なにかがぐつぐつ煮えている。むくむくした大きな猫が目を細めてニャアという顔をする。 「わしはここに、こうしとった。どうやら、まだ死んどらんで…」 村のみんなの消息をたずねた後で、パパはそういう。 「もう、村にもとんと行っとらん。ここでこうして、しずかーに暮らしとるだけ」 煮しめたような茶色の野良着。黄色っぽい白髪にまんまるい褐色の目、節くれだった足のゆびをしたパパ。もう、ゆうに百歳は越えているはず。 パパの小屋には、いろんな人がふと立ち寄る。 平べったい砥石で山刀を研ぎながらぽつぽつとお喋りをしたり、腰をおろしてラジオを聴きながらオレンジをむいたり。花の陰で蜂がぶうん、とうなる。 パパは息子のひとりに言いつけて、山盛りの青い蜜柑と黄色く熟れたココアの実をもいできてくれた。ココアの果肉は甘酸っぱくて、カルピスみたいな風味。子どもたちは葉っぱにくるんだドコノをちゃぷちゃぷと食べている。 帰りみち、青いオレンジの入ったサックを頭に載せて、バナナをむきながらアジュアは歌をうたう。クワメが合いの手を入れる、いつのまにか道づれになったどこかの小さな兄弟もいっしょ。 そういえば、風船は? 「あァ、われちゃった」 歌声がながれてゆく、ココアの森のなかを、カリプソのリズムで。 |
||
![]() <Bye-bye!> |
||
(メモ) 登場人物や場所のことなど。 @ オブリティマ・・・西アフリカ、ガーナ共和国南部の森林地帯にある、とある村。ここにはアカン民族、グアン民族、エウェ民族をはじめとする多様な人びとが暮らしています。 A ブルーニャ・・・アカン語の方言、チュイ語で『クリスマス』のこと。 B アジョア・・・わたしが大変お世話になっていた少女のひとり。当時十歳くらい。 C アタ・・・お隣に住んでいた男の子。当時三歳くらい。 D シスター・エフィア・・・村でのわたしの呼び名。「エフィア」は金曜日生れの女性の通称です。ちなみに「アジョア」は月曜日生れの女性の通称。 E ココア・・・20世紀初頭から栽培が盛んになった商品作物のひとつ。この地域はガーナでも有数のココア生産地域となっています。みんなが日常的にチョコレートを食べているわけではないけれど、ネスレの『ミロ』は、とてもポピュラーです。「お茶」というと、ミロが出てくるくらい。 F プランテン・・・「プランテン・バナナ」つまり食用バナナのこと。イモと同じように、煮たり焼いたりして食べます。淡白な味わいだけれど、油椰子の実の煮汁で唐辛子やトマト、干し魚などを煮込んだ辛いスープといっしょに食べるとおいしい。 G ドコノ・・・モロコシ粉を発酵させたあと、熱湯で練って固めにまるめた手軽な保存食。生のトマトと唐辛子をすりつぶした汁に、干し魚などといっしょに食べます。ちょっと酸っぱい味わいで、美味。ほかに、発酵させたモロコシ粉をやわらかめに練った「バンクー」という料理もあり、こちらは刻んだオクラのスープといっしょに食べます。やはり酸味がきいていて、ちょっと疲れたときに食べたくなる一品。 |
||
* 一橋大学 大学院社会学研究科・社会学部 専任講師 博士課程修了(H14年度) |
||
<今月の写真>トップへ | ||