―今月の写真―

靴からこの世を悼む
〜アメリカ・ニューヨーク
写真・文章 高田彩子 * 
 2004年初秋、イラク戦争の犠牲者を偲ぶ展示会がニューヨーク市内の教会で開かれていた。教会の祭壇に向かって、戦争で犠牲となった従軍兵士の人数分の軍靴が整然と列を成す。傍らにはイラク側の民間の犠牲者(当時1万6千人余)を象徴する1千足の靴が山に積み上げられていた。

 兵士たちの靴は実際に「彼」が履いていたものと同じサイズで、名札がつけられている。訪問者たちは、戦地に身を沈めた誰かの面影をもとめてやってきて、なきがらに吐息をかぶせ肉の厚みをつけてやるかのように、写真やメッセージやささやかな花輪によってブーツを飾る。

しだいに、黒くて重い軍靴はひとつひとつの個性をはなつ。

 ここにある靴は、兵士の身体の重みを知らず、泥もかぶらずかかとも踏まれていない。見る者は思う。この新品の靴が本当に「彼」のものだったらどうだろうと。きっと「彼」はまだ出征を待つ身で、運命のいたずらで戦場に行かなくてすむかもしれない、そういう時点があったのだ、と。またほかの者は思う。この靴は、「彼」が心を残した人々のために、そして思いをかける社会のために身をもって用意した道具立てではなかったか、と。靴は残された我々に対して、どの方向に歩むつもりか問いかけているのではないか、と。

 2004年9月11日、ニューヨークでは誰もが歩いていた。開戦から2年半、いやおうなく戦争に巻き込まれる現実と、戦争をやめたいという直感とに引き裂かれそうになりながら、人々はグラウンド・ゼロを目指して黙々と歩いていた。観光客たちも、アメリカを知るために次々とその足跡をたどった。

歩いて歩いて、それだけでわかるものなどない。それでも、歩くことが最良の考え方だと、多くの人がそれを選んだ。歩いている先には何があるのか。戦場か、平定されたあとの戦場か。私たちは歩きながら、現実に加担したり現実から逃げ出したりする。

 あるアフロ・アメリカンの女性は、会場の真ん中あたりで甥っこの靴を見つけた。彼女は快活な甥の将来をいつも楽しみにしていたから、彼と二度と会えないなどとはにわかに信じられなかった。日ごとに現れ脳裏に哀しみを焼き付ける甥の面影。彼の姿を思っては泣く自分は、あまりに無力だった。それで彼女は気力をふりしぼって、ここに足を運んだのだ。

ああ、なのに、涙があふれる。あふれて、「見たくない」気持ちを代弁すべく視界を覆った。彼女は目を押さえ、足取りを整えながら会場の隅へと歩き出した。ばかばかしい、あの賢い明るい子が死んだとは。自分の生きるこの世界を信じられなくなっている、その絶望に、彼女はうめく。
 うめきに呼応するのは、一方で、訪れる者のない無数の死。

イラクの民間の犠牲者の靴は無造作な塊としてそこに置かれ、アメリカの家族の苦悩を見守り続ける。靴から一つ一つの死を識別することはできない。それらは、無差別に起こった死を象徴するかのように片方ずつ埋もれている。それらは、互いに重なり合って山となりアメリカの兵士たちの形見を見下ろしていた。

 街に出ると、アメリカ人兵士を追悼する巨大な星条旗が掲げられていた。無数の靴を
見つめたこの目でそれを振り仰ぐとき、私はこう言いたい気持ちを抑えきれない。

アメリカよ、追悼するなら、この旗のもとで命を失ったすべての者のために祈るがよい。
* 日本放送協会(NHK)   
修士課程修了(H17年度)
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