―今月の写真― | ||
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蜂の巣箱に香りをつける −エチオピア西南部― | ||
写真・文章 松村 圭一郎 | ||
やわらかい木洩れ日がさしこむ。光に導かれるかのように、枝葉をいぶした煙がゆっくりと立ち昇っていく。蜂蜜とりの巣箱の前にしゃがみこんで火をたきつける老人の姿は、まるで祈りを捧げているかのように神々しかった。 ジンマ郡西部のゴンマ地方は、コーヒーの生産地として名高い。なだらかな丘陵地の斜面には、トウモロコシなどの畑にまじって、緑豊かな「コーヒーの森」が点在している。コーヒーは直射日光に弱いため、適度な日陰をつくる樹木(庇陰樹)の下で育てられる。 樹高20mを超える大木が、たくさんのコーヒーの木を守るかのように悠然とそびえたつ。そうした樹の枝には、よく蜂蜜をとるための巣箱がすえつけられている。 農民たちは、蜜蜂が集まるようにさまざまな工夫をする。どのような材料をつかって巣箱をつくるか。いつ、どのような場所に巣箱を設置するか。ひとつ間違えば、まったく蜂が寄りつかないこともある。 巣箱には、いくつかの植物をいぶして香りをつける。どれも蜂が好む香りだという。コーヒー林の片すみに生える小さな草から、大きな樹木の葉まで、よい香りを放つ植物4〜5種類を組み合わせて焚きつける。その組み合わせは、ひとによって違う。料理やチーズに香りづけする香草がつかわれることもある。 巣箱の材料としても、香りの強い草木の樹皮や枝葉が用いられる。いかに蜂がよく集まるような香りをつけることができるか、ひとつの腕の見せどころになる。 この地方では、蜂蜜がとれる時期が1年に4回ほどある。それぞれ違う草木の花が咲きはじめるころに合わせて、巣箱が木の上につるされる。 トウモロコシが刈り取られたあとの畑を黄色に染めるキク科の「トゥフォ」(Guizotia schimperi Sch. Bip.−10月〜12月)、コーヒー林のなかに生えて薬草にもなるキク科の「イビチャ」(Vernonia amygdalina Del.−12月)、生長が早くコーヒーの庇陰樹にもなるトウダイグサ科の「メカニサ」(Croton macrostachyus Del.−6月)、大木の上に白い花をつけるムラサキ科の「ウォデッサ」(Cordia africana Lam.−8月〜9月)。 それぞれの花の時期によって、採取できる蜂蜜の味も違ってくる。なかでも「イビチャ」の季節にとれる蜂蜜がもっとも珍重される。やや苦みがあるものの、薬草の花だけに長期間にわたって貯蔵ができ、身体にもよいという。一方、「メカニサ」の時期の蜂蜜は貯蔵がきかず、あまり味もよくないとされる。 花が咲きはじめる季節になると、村のあちこちで、蜂の巣箱をいぶして準備をすすめる農民たちの姿を目にする。たいていは、巣箱をつるす樹木のまわりで作業が行われる。香りの強い草木をいくえにも重ねたうえに巣箱をたて、よく煙がでるように燃す。そこから数時間かけて、じっくりと巣箱に香りをうつしていく。そして、ロープをつかって高い樹の枝に香りのついた巣箱をつるす。 巣箱の設置を終えると、蜂蜜がたくさんとれるよう祈るちょっとした儀式が行われる。「マルカ」というトウモロコシの粉をお湯で練った食事をつくり、みなで食したあと、巣箱をつるすときにつかったロープにその残りをこすりつける。そして、皿の下にひいていたエンセーテの葉にロープを包んで部屋の隅においておく。あとは蜂が巣をつくってくれるのを待つだけだ。 2ヶ月ほどで村中に咲き乱れていた花も散り、蜂蜜をとりだす時期になる。ふつうは日が暮れた夜のあいだに樹上から巣箱をおろす。煙がでるように火をつけた薪を手に持って蜂を追い払いながら、金色に輝く蜂の巣をとりだす。 緊張感に満ちていた男たちの顔がほころぶ。まさに歓喜の瞬間だ。蜂の子がびっしりつまった蜜蝋ごとかぶりつくと、なんともいえない濃厚な甘みとほのかな苦みが口のなかに広がる。これを味わうと、人びとがていねいに巣箱を香りづけしていた訳がよくわかる。 思い返してみれば、人びとはさまざまな香りの煙に囲まれて生活している。コーヒーを焙煎すると、集落にコーヒー豆の芳ばしい香りが漂う。コーヒーを飲むとき、そしてアッラーに祈りを捧げるとき、部屋のなかは乳香や白檀の甘い煙に包まれる。搾乳用の容器には、蜂蜜の巣箱と同じ草を燃して香りがつけられる。ユーカリの実を炭にくべて、女性たちが服の下から身体に香りをつける地方もある。 乾季のはじめの寒い夜には、家のなかに煙を焚きこめる。薪につけた火をわざわざ消して煙をおこす。煙で部屋を暖めるとともに、蚊などの虫を追い払うのだという。村から街にもどってくると、髪の毛から荷物や服まで、すっかり煙の匂いが染みついてしまっている。煙の匂い、それは村の生活を偲ばせる香りでもある。 |
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JANESニュースレターNo.12 所収(2004) | ||
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