ポルノグラフィー研究会発足にあたっての問題提起(レジュメです。引用はご遠慮ください。ご意見お待ちしております)

◆ポルノ研究に際してのいくつかの取り決め
 わいせつは存在しない、わいせつは差別用語、差別意識の表現
  むしろわれわれの限界を知る契機
 わいせつの領域こそ性研究にとっての<異>文化であるという認識こそ重要
 俗情との関わり方、批判するのではなく受け入れていく態度が必要
 研究者の、そして研究者をとりまく人々の欲情こそ性研究を推進する想像力・創造力の源泉

 *しかしわいせつな世界に関わらない自由、選択の自由はある、強制はしない
  目をつむろうとしない意志とともに拒否する意志も尊重する。
 *参加者の顔をじっと見ない。

◆いくつかの論点
◇ポルノの定義
 なにがポルノか?とりあえず厳密に定義しないで、より広い視野から考えていく。しかし、歴史や構造・機能を考えるときに定義の問題は無視できないのも事実、つねに問い続けなければならない中心的課題であるが、同時にそこにこだわるべきではない。eg.エロチカ、セックスセラピー、性行為・・・

◇ポルノへの視点
 ◎なにが現代社会の性をめぐる支配的な言説(ここではポルノ的言説)なのか?
  支配的言説によって立ち上がる(性的)主体とはいかなる主体なのか?
  いかなる仕方でそうした主体が立ち上がるのか?
  支配的言説に対立する(諸)言説とはなにか?
  それはいかなるところに見いだされるのか?
  支配的言説と対抗的言説とのせめぎあいに焦点を絞る
  言説を成立させている力を問題にする

 
 ○歴史的視点
  とくに前近代社会・非西欧社会の性観念、「ポルノ」と近代西欧社会におけるポルノとの比較
 ○通文化的視点
  とくに非西欧社会の性観念、「ポルノ」と近代西欧社会におけるポルノとの比較。非西欧社会での西欧的ポルノの消費され方についての考察あるいは現地産ポルノの特異性
 ○その構造と機能ーー芸術・医療との関係など

◇ 外部との関係で
 ○表現の自由をめぐって
 ○ポルノと暴力
 ○性医学・セックスセラピー
 ○性風俗論
 ○ポルノ生産・流通・消費の現場から
 ○その他・・・・
 

◇資料
 性についての研究書、性科学書、現代の性風俗についての雑誌・新聞記事、マニュアル書。ポルノとされる文学書、ビデオ、漫画など。

◆いやしといやらしの文化人類学
 いやしといやらしが接合する世界に焦点を絞る。
◇ポルノ批判をめぐって
 ○資本主義社会において性の商品化という概念は批判として有効か?
   性のみが商品化の対象となっているのではない。
   なぜ性の商品化のみが特権的に批判されるのか?
   
 ○本人がよければ・・・という個人主義的ポルノ擁護は有効か?
   ポルノこそ個人主義の前提となっている自立・自律概念を侵犯していないか
   個人が問題であるはずなのに女性は・・・、男性は・・・という一般論を強化するレトリックはなにか?
   選択は個人の自由だが、その内部には自由がないというパラドックス(自由を放棄したいという自由?)が存在する。

   しかし、そもそも個人主義が十分に(イデオロギーとしても実践としても)成立していない世界(たとえば日本?)でポルノが個を否定している、だから問題だ、という批判が成立しうるのか。
   すべて個人の自由だ、という個人主義的前提を認める限り社会科学的説明が出る幕はない。現象の確認、追従にとどまる。
なぜポルノが個人の問題とされるのか、について考える必要がある。

 ○商品化の問題と個人主義の問題を連結できないか
   身体の商品化は自由を生み出す。市場価値を持つこと、市場に参加できることの至福、家族、地縁、血縁から離れた個の認識(商品としての認識)
   しかし、自由と引き替えに生じるのが孤独、新たな紐帯を求めてあたらしい共同世界を求める、あたらしい共同世界が生まれる、
    昔の新宗教(貧病)との相違、昔の売春との相違、
    風俗産業=癒し説

   商品化が進んでいるにも関わらず個の確立が不十分な社会で生じる現象?
   それとも商品化が生み出す自由は真の自由とはいえないから癒しが必要なのか?
    共同世界との引き替えに自由が限定され、また中間搾取を許す。
    
   商品化=自由=個の確立、自発的な商品化
    →責任は自分でとる、個の確立=孤独・不安
    →共同体の模索
    →偽装共同体としての癒し(=いやらし)商品(そのひとつとしてのポルノ)

   男性の場合も女性の場合も商品化という点では同じはずだが女性のみが圧倒的に性的存在として商品化されるのはなぜか
    →共同体の模索と並列して性的商品による癒しの必要性、男性の場合はホストなど、女性が圧倒的に多いのは社会における性差別の反映にすぎない?しかし、風俗そのものがこうした差別を強化している(ポルノの社会的機能)。

   主婦など商品化の世界からおりられる女性も存在する、ということも事実、    
   しかしこのこともまた圧倒的な男性優位の社会を前提としているから、主婦は自己商品化=自由という定式の変わりに非(脱)商品化=不     自由(依存・被保護)という生き方を選んだ存在? 不自由であることの心地よさ。
    主婦たちも癒しの機能を持っている、という点では同じ。

   より積極的に商品化を批判し、市場経済の外部に個の確立を求めようとする可能性も否定できない。自由とは商品化であるという命題を否定する立場、しかし、それはしばしば保守陣営のポルノ批判と重なってしまう。主婦たちの(不自由さの)自賛、家庭を守ろう、子供たちを守ろう・・・。自立した性的主体を認めようとしない立場。

  ○とりあえず商品化の外部、さきの対抗的緒言説を生み出す領域を否定しないこと、またポルノ批判は困難を伴うが、そこでの(性的な)暴力は、当人の意志がいかなるものであれ暴力とみなす視点を保持しておく。


◇参考文献
赤川 学 1993 「性欲の巨大市場:アダルトビデオのポリティクス」『イマーゴ』 11 →『性への自由』所収
-----1996「オナニーの歴史社会学」『セクシュアリティの社会学』(岩波現代 社会学講座10)
----- 1996 『性への自由・性からの自由』青弓社
上野編1996『セクシュアリティの社会学』岩波書店(講座現代社会学10)
荻野美穂1990「女の解剖学」『制度としての<女>』平凡社
小田亮「ポルノグラフィーの誕生」『桃山学院大学文学部紀要』
-----『性』弘文堂
金塚貞文 『オナニスムの仕掛』青弓社
----- 1982『オナニスムの秩序』みすず

川村邦光1994『オトメの身体』紀伊國屋書店
----- 1996『セクシュアリティの近代』講談社(メチエ) 
田中雅一1997「世界を構築するエロスーー性器計測・女性の自慰・オーガズム」 岩波書店(講座文化人類学4)
ヒース 1989 『セクシュアリティ』勁草書房
フーコー 『性の歴史1 知への意志』新潮社
ウィークス 『セクシュアリティ』
松園万亀雄編 『性と出会う』講談社
山崎カヲル1990「身体的快楽の系譜学」『現代哲学の冒険4 エロス』岩波書店

Armstrong, Carol1989The Reflexive and the Possessive View: Thoughts on Kertesz, Brandt, and the Photographic Nude. Representations. 25.
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Brod, Harry. 1991(1988). Pornography and the Alienation of Male Sexuality. In A.Soble (ed.) The Philosophy of Sex: Contemporary Readings. Littlefield Adams Quality Paperback.
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Ziv, Amalia.1994The Pervert's Progress: An Analysis of Story of O and the Beauty Trilogy.Feminist Review. 46:61-75.