3. 人種よさらば
斎藤成也
(国立遺伝学研究所, nsaitou@genes.nig.ac.jp)
 ブルーメンバッハが身体上の特徴をもとに人種分類を提唱して以来、「人種」の名称は"-oid"という語尾をつけるのが一般的であった。しかし、生物学的にみた人類集団の分化に興味がある場合には、集団名はもっぱら地理的名称を用いたほうがよい。

 現代人集団の遺伝的近縁性を示す系統樹の枝ぶりは、地球6地域の地理的な位置によく対応している。そこで私はこの発見に基づき、地理的分布に基づいた人類集団の大分類に対して、更新世末までのみ有効ではあるが、以下の新しい名称を提唱した; アフリカ人、西ユーラシア人、東ユーラシア人、サフール人、北アメリカ人、南アメリカ人から構成される(Saitou 1995, Human Evolution, vol. 10, pp. 17-33)。太平洋をとり巻く4集団は、さらに「環太平洋人」というまとまりと称することができるだろう。人間の移動が加速化したのは過去1万年のあいだにすぎないので、現代の人類集団から得られるデータを用いても、更新世末までの人類の地球規模での移動を 跡づけることができるのである。

 もし集団間の遺伝子流動が現在の高い率を維持し続ければ、地球全体としての人類集団は、遺伝的均質化に向かうことが簡単に予測できる。同様のことは、民族や文化の差にもあてはまるだろう。現在の文明が今後も繁栄を続けてゆけば。これらの差はその重要性ととともに、ゆっくりと減少してゆくだろう。
<プロフィール>

斎藤成也(さいとう なるや)

国立遺伝学研究所集団遺伝研究部門教授

人類進化を遺伝子レベルで研究している。人間性を規定する遺伝子変化を解明すべく,類人猿ゲノムを解析しているほか, 現代人集団の遺伝的近縁関係について、アジア集団を中心に研究している。著書に『遺伝子は 35億年の夢を見る−バクテリアからヒトの進化まで−』(大和書房, 1997)など。

 
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