4.19世紀ヨーロッパにおける人種と不平等−人類の身体と歴史−
ロバート・ムーア 
(リヴァプール大学, rsmoore@liverpool.ac.uk)
科学的思想の発達にもかかわらず、今日、「人種」について多くの人々が当然と思い込んでいることを遡っていくと、「科学的人種主義」の見解、すなわち、19世紀に発展を遂げ、いまやヨーロッパ文化の一部となってしまった概念に行きつくことも稀ではない。

 マーリックによれば、不平等の源としての「人種」概念は、ヨーロッパの歴史においても比較的新しく登場したものである。「人種」概念には、普遍主義的な考え方をする人びとが、自分たちの眼前で執拗に続いている不平等を説明するために要請された側面もある。階級間に存在する不平等もまた、おなじく説明されねばならないものであったし、「育種」の観念、すなわち後の優生学は、ヨーロッパ社会自体の発展と後の衰退の議論に、非常に重要だったのである。さらに、「人種」と「国民」という概念はしばしば混同された。連合王国では、アイルランド人とスコットランド人が「人種」として対比され、またハイランド地方とロウランド地方のスコットランド人が異なる「血統」として比べられた。しかし、人種の意味とは、時代によって変化する思想的・物質的な要請にかなうように、つねに社会的に構築され、再調整されるものなのである。第二次世界大戦後、「科学的人種主義」の信頼性は地に墜ちた。しかし、比較解剖学よりも知能指数の議論に際して人々の遺伝的な差異を論じることが可能となった。現在のヨーロッパでは、生物学的な人種概念はたいてい文化的なものによって置き換えられている。「文明の衝突」は、生物学的な「人種」にもとづくヨーロッパ優越思想にとってかわった。文化が自然にとってかわり、文化的な差異というものが、例えば移民制限のレトリックの一部にも利用されるようになっている。それにもかかわらず、生物学的な差異という伝統的概念は、大衆の人種主義のなかに、おそらくいまだに根深く残っていることであろう。
<プロフィール>

ロバート・ムーア

リヴァプール大学名誉教授

アバディーン大学教授(社会学)を経て、2001年までリヴァプール大学エリノア・ラズボーン教授(社会学)。人種および移民の研究が主体であるが、都市社会学や「下層階級」論争、宗教社会学についての研究も発表している。現在、北ウェールズのホーリーウェルに居をかまえ、当地で極度の貧困者に対する住宅計画についての研究をおこなっている。


主要著作

Race Community and Conflict (with John Rex, OUP, 1967); Slamming the Door: the Administration of Immigration Control (with Tina Wallace, Martin Robertson, 1975); Racism and Black Resistance in Britain (Pluto Press, 1975); Women in the North Sea Oil Industry (with Peter Wybrow, EOC, 1984); The Black Population of Inner Liverpool in the 1991 Census (Runnymede Trust, 1995); Positive Action in Action: Equal Opportunities and Declining Opportunities on Merseyside, Ashgate (Danish Centre for Migration and Ethnic Studies, 1997).

 
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