5.  北米における人種イデオロギー
オードリー・スメドリー
 (ヴァージニア・コモンウェルス大学, asmedley@mail1.vcu.edu)
17世紀末の20年間に、北アメリカへ入植した人びとは、彼らが気づかぬことではあったが、世界中の人々の人間の差異に対するまなざしを転換させる一つの契機を生み出した。彼らによって、「人種」という概念に、人間の集団には本質的に不平等が存在するという考えが導入され、それがその後二世紀にわたって、さまざまなかたちで世界中に広まっていったのである。人種は元来既存の社会的不平等を表す民衆概念であったが、その後二世紀の間に次第に姿を変え、人間集団の差異を強調するものとなった。この概念は19世紀までにはいくつかの重要な側面を備えるにいたった。すなわち、人種という概念は、1)分離され、排他的で、明確に区別された人間集団が存在し、2)このような諸集団は生来的に同等ではなく、序列階梯を定めなければならないという考え、3)外見上の身体的特徴は、行動様式、知性、道徳、性格の特徴と結びついているという考え、4)身体的な特徴と行動様式の特徴はいずれも遺伝によって受け継がれるという考え、5)これらは神もしくは自然によって生み出されたものであるため、きわめて大きな差異であり、乗り越えることが不可能であるという考えを意味した。本報告では、こうした思考体系が社会的にどのような結果を招いたかについて、検討を加えてみたい。

 本報告で主張したいのは、「人種」は普遍的なものではない、ということである。18世紀以前には、世界の他の地域では、類似した要素が結びつき、そのような世界観が形成されるなどということは、起こらなかった。しかし、ひとたび人種なる概念が確立され、その有用性が示されると、しばしば既存のそれぞれの民族集団における民衆概念を取り込み、様々に姿を変えながら人種概念は文字どおり世界中に広まっていったのである。
<プロフィール>

オードリー・スメドリー

合衆国ヴァージニア・コモンウェルス大学社会学人類学部教授

社会人類学の中でも社会構成、とくに、女性と父系システムに関心がある。人類学史を教えることによって、人種概念の歴史を発見することができた。今後とも、歴史史料を用いて人種概念の起源を研究していきたい。

 

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