―今月の写真―
有機農法は未来のバイオテクノロジー?
 マルチチュード運動の奔流の中で…


                                   写真・文章 春日 匠 *   
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[写真4 社会フォーラムで各地の水問題について報告する参加者たち]
こういったオルタナティヴのための社会運動の、もう一つの焦点となっているのがインドである。ブラジル、インドはロシア、中国と並んで経済の面でも国際的な重要性を増している。ゴールドマン・サックスのレポートはこれらの国々を総称してBRICsと呼び、BRICsの経済力が、これまで世界の経済を支配してきたG7諸国(米、日、独、英、仏、伊…)に匹敵するようになるのも間近であると論じた。

実際、BRICsの筆頭である中国のGDPはすでにフランスを抜き、純粋に経済力で見れば世界の五大国の地位に食い込んでいる。今年(2006年)の一般教書演説で、米ブッシュ大統領は「激動の世界経済において中国やインドのような新たな競争相手を目の当たりにしている」と延べ、これらの国が重要性を増していることを指摘した。いっぽうで、巨大な人口を抱えるこれらの国の住民の圧倒的多数が、貧困と呼んでいいであろう生活レベルを余儀なくされる状況は、当面変わらないと予測される。

これらの国は、国内の貧困層を置き去りにして、経済競争に没入するのであろうか? それとも、貧者に有利な「世界秩序の再構成」が行われるのだろうか? 予測は現段階では困難であるが、「非常に幸運なことに」(と、社会フォーラム会場である活動家は述べた)、少なくともインドとブラジルは、先進国と比較しても遜色ないぐらい、民主制と社会的議論という文化の発達した国である。識字率の低さや衛生環境など、多大な問題を抱えるこれらの国々であるが、同時にそうした人々を支える社会運動も、年々活発になってきている。

こうしたなか、2004年度の世界社会フォーラムは、10万人を超える参加者を集めて、インドのムンバイで開かれた(写真は開会式で演奏するパキスタンの人気ロックバンド Junoon)。
  


[写真5 開会式で演奏するパキスタンの人気ロックバンド Junoon]
こうした運動は、社会フォーラムのようなグローバルな運動と連携して、ネグリの言うマルチチュードの運動の国際的なネットワーク化に貢献している(ネグリはハートとの共著『帝国』などで、そのことの意義は必ずしも良い面だけではないとしつつも、基本的にはポジティヴに評価しているように思われる)。

インドにおいて、この潮流の代表的な論客と見なされているのが環境学者にして活動家であるヴァンダナ・シヴァである。 第三世界における穀物の大増産を可能にし、夢の技術と謳われたハイブリッド種子が、実はその陰で土壌を破壊し、水利権を巡る大小の紛争を生み出し、農村の荒廃の大きな要因にもなっていると指摘して世界を震撼させた『緑の革命とその暴力』(日本経済評論社)である。

現在、さらなる高収量を達成するために、遺伝子組換え作物の導入が世界各地で進められており、そのことが食の安全を巡る大きな議論を呼んでいる。しかしながら、食品としての安全性以上に重要であるかも知れない、社会的、あるいは環境的な問題については、必ずしも十分に議論されているとは言い難い面があり、その意味でも「緑の革命」の再現となってしまうことも危惧される。このことについても、シヴァは警鐘を鳴らし続けている。

また、現代社会の問題を鋭く告発するだけではなく、その代案となる持続的な開発を提示し続けてもいる。そのためにいくつかの団体を主催しているが、代表的なものに、科学と環境の問題を研究している「科学技術と環境財団」と、有機農法普及のためのナヴダーニャがある。インドの農村で有機農法の推進という話を聞けば、多くの人は少し意外だと思うのではないだろうか?

有機農法というと、すこしお金を持っている先進国中流階級の贅沢というイメージがつきまとう。しかし、インドなどの農村の最大の問題は、基本的な現金収入を持たない農家が、借金をして種子や農薬を買わなければいけないことにある。このとき、十分な収穫が得られればいいが、いったん不作であると、大きな借金を抱え込んだり、多くの場合担保とされる土地を失ったりすることになる。一方で、有機農法であれば、種子は前年のものを使えるし、肥料や農薬にお金を払う必要はなくなるわけである。これで軽減される経済的な負担は、実は非常に大きいのである。


[写真6 ナヴダーニャの実験農場]
 しかし、有機農法が本当にインドにおける理想的な解決策かどうかは状況や地域にも依存する問題である。シヴァの運動は、北インドのデラ・ドゥン市郊外に実験農場を有して、米を中心に数百種類の土着品種を実験栽培、農民に無償で貸し出す種子バンクを運営している(農民は収穫後、バンクに種子を返還しても良いし、別の農民に種子を分けることで返還に代えても良い)。こういった運動形態は、シヴァのように国際的な著名人で、先進国からの助成金が潤沢に使えるから可能になるのだ、と論じることはもちろん可能である。

 そこで、もう一つ参考になる事例がデカン・デヴェロップメント・ソサイエティ(DDS)という、南インドのアンドラ・プラデシュ州で被差別階層の人々が居住する地域で活動するNGOのものである。DDSはもともと、通信衛星などを利用した農村部の識字向上運動に従事していた人々を中心に組織されたNGOで、メンバーの活動を記録するために、被差別カーストの人々自身にビデオカメラを利用させるなど、進歩主義的な側面を持っている。

そういう運動体でも、有機農法の推進には非常に積極的であり、また一方で遺伝子組換え作物の導入には批判的である。ここでは、シヴァの運動体のように大規模な研究組織は持っていないが、各村落の住民会議が種子バンクを管理することを推奨しており、60種類程度の種子が収集されている。これらの種子が村落内外の農民に無償で貸し出されるのは、シヴァの運動と同様である。このような形で、有機農法は持続可能で分散的なやり方で、インドに広がり始めていると言えよう。


[写真7 A.P.州の農村の種子バンク]
 インドのガンディー主義思想家アシス・ナンディが講演で、ガンディー暗殺犯はヒンドゥ原理主義の一員で、ガンディーの宗教的寛容などの進歩的な思想が気に入らなかったのだと説明されるが、実は暗殺犯は同様に、ガンディーが巨大ダム開発などのインドの急激な近代化に批判的であることにも怒っていたのだと述べたことがある。

ここで、ナンディは宗教的狂信と伝統主義の連結という、従来の前提を転倒させ、宗教的狂信と近代化の隠れた関係性を明らかにしようと試みているのである。

また、先に触れたブラジルの「土地なき農民運動」でも、比較的高齢の幹部たちは近代的な農業技術を利用した生産性の向上を望んでいるのに対し、現場で働く若い活動家たちは有機農法への転換を主張し、意見が対立することが増えているという。こうした、「社会正義」を軸とした近代と伝統の対立の位相の変化は、マルチチュード運動を巡る、一つの特徴と言えよう。

いずれにしても、環境、経済、原理主義など「グローバルな問題」は、極めて現代的な問題として、世界中に同時多発的に現れている。しかし、同時にこれらの問題は、局所性や多様性を持っている。局所性、多様性、個々の歴史と文化による拘束性、そして生活に密着した認識の枠組みなどに着目するなら、マルチチュード運動は今後、文化人類学の課題として大きな意義を持っていると言えるのではなかろうか?
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* 大阪大学コミュニケーション・デザイン・センター 特任研究員
博士課程単位取得退学(平成15年度)
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