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ところである古典は を「員くして規に中(あた)る。」と記しています。規というのはコンパスのことですから,ぴったりコンパスで描いたように丸いというのがこの文章の意味でした。ところがその注釈に「器の圓中なる者を と爲す。」とあり,そしてこの「圓中」を,「中が円形のもの」と解釈したところから,器の内外の形を別々に規定するという考えが始まったのではないかと思われます。そしていったんこの考え方がはじまると,物事をすべて陰陽にわけて,それの積み上げでこの世界ができていると考える中国人の思考様式に大変なじみやすいものであったために,この形式が急速に広がってゆきました。
さて近代考古学によって,古代の の姿が明らかになりました。それが図2です。歴史的には,これこそが正しい の姿です。しかしだからといって,ここで古典の記述を斥けてしまうわけには行きません。というのは,ここ二千年ばかり,中国では二要素定義が正当の解釈とされ,これを基礎にしてさまざまな学術が展開してきているからです。古典の世界では二要素定義型の こそが真実の形態なのです。
そしてこの二つを両端にして,さまざまな見解が提示されてきました。ある時代には古典の と発掘品の を無理にも同じモノとして考えようと試みていますし,また違いに目をつぶって両者の記述を載せてしまう百科事典もありました。たしかに古代中国に存在した は一種類ですが,それとは別に,さまざまな学術が,それぞれの拠所と手法をもって研究した の姿は,それぞれの世界において,どれも真実だったのです。それは「一つの事実と百の真実」と表現してよいかと思います。
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