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木島史雄 藤井正人 金文京


人文科学研究所所報「人文」第四八号 2001年3月31日発行

開所記念講演(2000年度)


元曲「盆児鬼」考

――しゃべるお碗の話――

金 文京

 本講演では,中国宋代の実在の名裁判官,包拯(九九九―一〇六二)を主人公とする物語の中でもとりわけ有名な元代の芝居(元曲)「盆児鬼」について,その説話的背景を紹介した。まず「盆児鬼」の粗筋を『元曲選』本によって述べる。

 開封の商人,楊国用は街で占師から,「百日の災あり,千里の外に難を避けるべし」と言われ,従兄弟の趙客から金を借り,避難兼商売のため南方に旅立つ。金をもうけた楊国用,開封の近くまで帰ったところで数えて見ると旅に出てちょうど九十九日,あと一日で百日になると思い,宿屋に泊まる。その宿屋は,素焼き作りの盆罐趙夫婦がやる黒店(客を殺し金を奪う宿)で,盆罐趙は楊国用の金を奪ったうえ殺し,証拠隠滅のため死体を焼いて,骨灰を素焼きの盆(お碗)にし,それを知り合いの張古にあたえる。骨盆についた楊国用の亡霊(盆児鬼)は自分が殺された経緯を話し,開封府知事の包拯に代りに訴えてくれるよう張古に頼む。張古は包拯に訴えるが,盆児鬼は包拯の前でなにも話さない。あとで聞くと,茶を飲みにいっていた,餅を食いにいっていたとはぐらかす。しかし最後は役所の門に貼った門神像のため中に入れないことが分かり,門神像を剥がし,盆児鬼が直接,包拯に訴え,盆罐趙は逮捕処刑される。

 この話はヨーロッパや日本などに広く分布する「歌い骸骨」型の昔話にきわめてよく似ている点が注目される。盆は骸骨の変形であろう。「歌い骸骨」で,殺された人間の骨が口をきいて殺人を暴露する点などの細部も共通する。またこの話の中国,日本における古い形態を伝える敦煌本『捜神記』や『日本霊異記』の話では,亡霊が自分を助けた恩人に供養の儀式の場で食物を食べさせることになっているが,この点は「盆児鬼」で楊国用が茶を飲み,餅を食べるのに対応していよう。ただ「歌い骸骨」では,たいてい二人の兄弟が旅に出て一方がもう一方を殺すことになっているが,「盆児鬼」はそうではない。しかし「盆児鬼」のより古いテキストでは,楊国用と義弟の趙客が旅に出て,ともに盆罐趙に殺されることになっており,おそらく元来は趙客が楊国用を殺す話であったのが,宿屋での殺人という趣向を用いたため,殺人者が同姓の盆罐趙に移り,そのため不要となった趙客は『元曲選』本で消えてしまったと考えられる。このように「盆児鬼」は,世界中に広がる普遍的な説話に基づきながら,それが元来もっていた宗教的性格をさまざまな演劇的趣向に置き換えた作品であった。とくにこの陰惨な物語をまったくの喜劇に仕組んだ点に,「盆児鬼」の演劇として到達度の高さが認められる。


ほきの名物学 木島 史雄
祭式と輪廻――古代インド再生説の展開―― 藤井 正人