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桑山正進 狹間直樹 張啓雄


人文科学研究所所報「人文」第四八号 2001年3月31日発行

随  想


洛北滞在記

――京都大学に滞在しての思い出――

張 啓雄

 小生は,一九八〇年代に,留学先として東京に約十年間ほど滞在しておりました。その間,京都の旅はいつも垂涎の的でした。しかし学生時代は旅に出ることがあまり容易でなかったので,京都の旅はいつも一週間以内に限られていました。二十年後,「千載一遇」の言葉どおり,本当に千年にたった一度しかないような機会にめぐり合えて,二〇〇〇年五月から京都大学人文科学研究所で客員研究員として京都に滞在することとなりました。

 京都大学のメイン・キャンパスの近くには,京の四季を彩る琵琶湖疎水,哲学の道,銀閣寺が並立し,遠くには紅葉名勝の雄を誇る大原,三千院があります。キャンパスのすぐ外に「東大路(ひがしおおじ)」が走っており,古代のみやこのスケールを想像させます。小生は十年もの間,東大で過ごしたせいか,東大路を「とうだいろ」と読んでしまい,なぜ京大に続く道が東大路と名づけられたのか,何度も不可解に思い,少年のような疑問を抱いておりました。

 小生は,滞在中,研究所の研究班が主催する研究会にも度々参加させていただきました。研究会に出席することは小生にとって切磋琢磨の場の一つになっただけではなく,温故知新の場にもなりました。この研究班には,主催者,京大の教員のみならず,各大学からの教員諸賢も多く集まっておられましたから,研究会の席で懐かしい知人と再会したり,慕っている方と出会ったりできたのです。

 研究班では,学問に対する精進を丹念に究めた証しを,ほぼ三年ごとに研究業績として編集出版し,学界に提供されているとのことです。このように研究業績が次々に出ることによって,より多くの学者を引き付ける吸引力を増加させ,業績も補強されてさらに高まるようになっていくもののようです。この研究班の能率は,そしてその秘められたパワーは一体どのようにして形成されたのか,という疑問を持ち続けております。機会があれば,「学問を究めるグループのシステム」について,諸賢のご高見をお伺いたいと思っております。

 ところで,小生の宿舎となった京都大学国際交流会館は,京大と同じく左京区に位置しています。ここは一般に洛北と呼ばれているところで,天皇が学問に精進した修学院離宮も近くにあります。小生は滞在中,素顔の大文字と向い合って暮らしておりました。このエリアには詩仙堂,曼殊院,修学院離宮などの名勝も林立しているため,ぶらりと散策を満喫することができました。

 小生は毎日徒歩で研究室に通い,片道だけで一時間もかかる程の散策コースをいくつか見つけたものでした。ことに京大から吉田神社を通って哲学の道に入り,そして高野川の散策道に沿って,修学院へ至る道は最も楽しみのコースでした。時折京都の名川・鴨川と高野川に沿って,遠く貴船まで廻って宿舎に帰るのですが,回りの景色を愛でながら歩くと,知らずにたどり着いてしまったものでした。このように修学院,京大と御所のエリアを中心にして,充実した毎日を過ごしていました。ちょうど夏にあたり,目に青葉,耳に川音,川に亀や鰻や鯉の舞い踊りなどを,通勤中に肌身に感じ,まことに贅沢な通勤路に癒されながら行き来しました。そのおかげで,疲れ果てた心身が元気になり,科学の未来像に思いをめぐらしたり,研究者としての志を呼び戻したりすることができました。

 三カ月の京都滞在中の主な活動場所は,京都大学の研究室と宿泊先とだけでした。しかし,以前に観光で来た時と違って,このたびは,京都を銘酒のようによく吟味することができました。最初に述べたとおり,小生は学問を磨く時期に東京暮らし一筋でしたが,学問にいっそうの精進を重ねるべき時期にようやく京都と出会えました。そして,京都を知るには,ある程度の鑑賞力を磨くことが必要であり,それを磨いた後にこそ,その価値がわかるようになると感じました。

 このたびの滞在によって,小生が提唱している「中華世界秩序原理」にいっそうの夢をかけることになりました。「中華世界秩序原理」を解明していく中で,その心境は京都への探求と同じではないかと思います。京都とは,「走馬看花(早馬に乗って,花を鑑賞すること)」すべきでないという誡めの言葉を心に留めて「品嘗」すべき古都であります。同様に,京大に対しても,その秘められたパワーと魅力を吟味し続け,諸賢方と共に「白髪が生えるまで」研究の道に励んでいきたいと思っております。

(台北・中央研究院近代史研究所研究員)

大部門化とセンターの改組 桑山 正進
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