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報告書 紀要 所報 (第五三号 2006)
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小林丈広 丸山 宏 高木博志 伊従 勉


人文科学研究所所報「人文」第五三号 2006年6月30日発行

夏期講座(2005年度)


京都史の文法

小 林 丈 広    

 京都市内中心部に、祇園祭の際に南観音山という山鉾を出すことで知られる百足屋町という町がある。この町では昨年、町の姿や生活、行事の様子などを美麗な写真集としてまとめ、さらに別冊として、平安京以来の百足屋町の詳しい歴史を作成した(『百足屋町史』)。

 また、京都郊外の山科村竹鼻というところに住む旧家の当主は、地域に伝わる古文書を解読して、一九八六年に村の歴史を一冊の本としてまとめ、さらに二年程前に、村の景観の変化を地図でたどる冊子を発行した(『山科郷竹ケ鼻村史』など)。

 このように地域の歴史を自らが記述する試みは各地で行われており、京都でも行政区や学区、町村単位、家単位のものまで含めると毎年のように多くの歴史叙述が生産されていると思われる。ここでは、なかでも質量共に充実した両書を例として取り上げながら、歴史学の現場について考えてみたい。このうち、百足屋町史の場合には、町並みと景観を守るための町民の運動が町史編纂の動機のひとつになっており、編纂体制も町を挙げて取り組まれたようである。それに対して、竹ケ鼻村史の場合には、失われつつある村の共同意識や自然に対する郷愁を背景としており、編纂者が個人として私財を投じて作成したものと思われる。このように編纂の動機も体制も区々で、対象とする地域も古くから都市化の進んだ町と、近年急速に住宅が増えてきた農村部というようにその性格も異なっているにもかかわらず、両書における歴史のとらえ方は、平安京と地域との関係についての関心、中世以来の地域住民の自治意識の強調、江戸時代の地域運営についての実証的な分析、明治維新による地域社会の変容に対する着目など、共通点が非常に多い。

 興味深いのは、両書共に当該町村に深くこだわり、その個性や特徴に着目しながら、その一方で、地域の歩みが持つ普遍性を強調し、それぞれの地域の全国史的な意味に関心を向けているところである。それが、両書の構成が似通っている理由のひとつであろう。また、編者自身の個人的な思いなどについては極力触れず、あくまでも地域の歩みを客観的にとらえることに努め、史料が残っているものについてはできる限り具体的に言及するなど、歴史叙述を地域の公共的な事業として非常に重視していることもうかがえる。こうして見ると、両書は、戦後歴史学が形成してきた「京都史の文法」に則って記述されたものであることがよくわかる。両書に見られる史料を重視する姿勢も、同じ文脈でとらえることができるであろう。

付記

 本講座では、こうした問題について「私的記憶」と「社会の記憶」「共同体の記憶」「公共の記憶」「公的記憶」などとの関係、すなわち「記憶論」の文脈でとらえてみた。当日の講座テーマも、「京都における「公的記憶」と「公共の記憶」」というものであったが、小文においてはその一部の紹介にとどめ、タイトルもそれに即したものに改めたことをお断りしておく。


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