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狭間直樹 杜石然 バスチド - ブルギエール


人文科学研究所所報「人文」第四七号 2000年3月31日発行

開所記念講演(1999年度)


中国近代における帝国主義と国民国家

 ――日本のアジア主義との関連において――

狭間 直樹    

 中国の近代とは,東アジアに中華文明として屹立してきた伝統的体制の変貌と再編の時代である。再編にとっての中心環は,中国を近代的国民国家に改造することだった。そのための営為はとりわけ,日本との深い関係をもって展開される。日清戦争後に,復仇ではなくむしろ日本との提携の動きが一挙に高まるが,湖南や上海での,清国「保全」を掲げた日本のアジア主義運動に呼応する動きもその一つの現われだった。

 上海で動いた亜細亜協会は歴史のある団体で,その機関誌編集者吾妻兵治,岡本監輔らは,福沢諭吉の「脱亜論」とは逆に,日清両国は「往来交通」を盛んにし「交際を密」ならしめて,「隣交を敦くし,富強を致す」ことを目指すアジア主義を抱いていた。その交際は「欧米の化」と同様に「下から」の,心の通い合う「士庶」の交際でなければならず,しかもそれは,西人に握られている商権を回復して,各人の“私利の追求”が両国の“公利の実現”を結果する,そのような経済的基盤の上に築かれねばならないとした。

 一八九九年十月,重野安繹,三島中洲,吾妻兵治,松本正純らは,日清提携の理念と経済活動の実際を結びつけ,日本が受容した西洋の「新法」を中国に提供すべく善隣訳書館を創立した。同じ頃,実際の事業に着手するには至らなかったようだが,岡本監輔も重野,三島らの支援を得ながら,同様の主旨に立つ善隣義会を構想している。

 かれらの試みは,内藤湖南と蒋国亮の天津での問答にも明らかなように,中国の改革派知識人の希望にも沿うものだった。善隣訳書館がまず刊行したのは,重野『大日本維新史』,ブルンチュリの書の吾妻訳『国家学』,石井忠利『戦法学』および『日本警察新法』(未見)の四点である。いずれも日本の経験を隣邦の近代国家の建設に役立てようとの意図をもつもので,たとえば『国家学』の吾妻の序では,明治日本の建設に有用だった同書が隣邦諸国にとって「鴻益有りて小弊無きもの」と断言している。

 出版事業の正常な発展のためには,著作権法の整備が不可欠だが,この時,清国ではそこまで進まず,善隣訳書館のまっとうな事業は蹉跌する。この間の一連の事態は,近代国民国家への再編に失敗した中国と侵略的帝国主義へと邁進する日本との,今ひとつの重要な分岐点なのであった。


西学の伝来と明清時代の実学思潮 杜 石 然
時間解釈と日本の影響――中国近代における過去・現在・未来の概念―― マリアンヌ=
バスチド - ブルギエール