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秋田茂 | 井狩彌介 | 船山徹 | 大原嘉豊 |
人文科学研究所所報「人文」第四八号 2001年3月31日発行 | |
共同研究の話題 |
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南インドのヴェーダ写本研究班覚え書き |
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井狩 彌介 |
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古典研究に携わる場合には,扱う文献の第一次資料がどのようなかたちでテクストを提示しているかについての目配りは欠かすことができない。ただし,テクストの伝承が長期間に亘って継承され,またその伝播が広範囲な地域に及ぶ場合には,現存資料から当該テクストの原形を探り,またその伝承過程で生じた変容を跡付ける試みは必ずしも容易ではない。信頼しうる歴史資料の少ないインドの場合には特に研究を進めることの困難さに悩まされるのである。 研究班で扱ってきたヴェーダ文献の写本伝承を考える場合,インド文化のさまざまな側面への考察がいつもそうであるように,インド文明のなかの複合文化の問題,すなわち多言語・多文化の共存とそれらの多文化間のダイナミックな相互影響の歴史的な展開を視野に入れておかねばならない。写本研究の場合,書かれているヴェーダ・サンスクリット語は古典語のサンスクリットよりも古層の言語であるが,これが聖典として各地に伝承されてゆく過程で,それぞれの伝承地域で異なった諸言語の発音と表記法で記録されるところに問題が発生するのである。 この研究では,問題が複雑になるのを避けるために,南インドで作成される写本伝承を中心とし,そのなかでも特に現在のケーララ州地域で見出される写本群に焦点をあてた。ちょうど,この研究の進行中に,南インドの写本研究では経験豊かなアスコ・パルポラさん(ヘルシンキ大学)が客員教官として人文研に来られて共同研究に加わってくれたことは大きなメリットだった。彼と人文研の藤井さんが現地で発掘してきたサーマヴェーダのジャイミニーヤ派の資料と,わたしがこの10年来に蒐集してきたヤジュルヴェーダのヴァードゥーラ派の新資料の情報とを合わせると,これまでほとんど信頼に足る研究が無かったこの分野の研究基礎データを総合的に提示することが出来るだろうというのが当初の見通しだった。特にヴァードゥーラ派の諸写本はこれまで指摘されることのなかった写本の新旧に関する新情報を提供することができる。パルポラさんも共同研究に積極的に参加され,その後その他の欧米の研究者とのネットワークが拡大し,情報交換の幅が広がることとなった。 ヴェーダ伝承はもともと北インドの平原地域で核部分が形成され,次第にインド亜大陸の各地に広がっていった。その結果,さまざまな歴史的屈折を経て,ヴェーダ伝承の中心にあったアーリア人から見れば辺境だった筈の南インドなどに,伝承の古層に属する諸学派の伝承が保持されている。ヴェーダ文献の歴史は,実質的にはヴェーダ伝承を担った多くの祭式学派の地理的な移動と相互間の接触と影響の歴史としてみることができる。約二五〇〇年前にその故地である北インドから移動を始めたある祭式学派が,最終的に現在に確認される分布地域に定着するに至る経過を跡付けることが,その学派の伝承テクストの歴史的な変化を確定するための基礎作業となる。たとえば,確認されているあるヴェーダ学派の例では,現存写本の伝播の過程で,北インドのカシミールから西インドのグジャラート,東南インドのオリッサへというテクスト伝承の伝播が知られている。一般にヴェーダ文献の伝承は,厳格な聖典尊重の視点からきわめて正確に行われてきたが,それでも伝播の過程で誤伝は生じうる。この誤伝のほとんどは,言語事情に基づくものである。インド中世期には,亜大陸各地における政治・社会の分立を背景に,多言語状況が作り出されていた。インド最古のヴェーダ文献のサンスクリットはかなり古くから古典語として扱われるが,基本的にはそれが伝播した地域の日常語の文字で記され,その言語体系の発音の影響のもとに伝承される。したがって,異なった言語地域にヴェーダ伝承が伝播する場合に,発音と文字の両面から誤伝が生じる場合がある。連綿とした口頭伝承が現存する場合も異言語地域間でのテクストの伝播は伝承者の世代が交代する場合に誤伝が生じることが多い。 この種の研究が学界でまだ十分に熟していない研究段階の現状では,今後の研究展開の基礎となるような正確な資料提示と問題点の整理を中心とした報告を優先することとなった。目下,ケーララ地域のヴェーダ写本の相対的な年代層位の確定と,他地域のヴェーダ写本に見られない特殊なサンスクリットの正書法と実際の発音との関係,またその正書法の発展過程に焦点をあてて報告を準備中である。 |
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共同研究「帝国の研究」参加記 | 秋田 茂 |
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