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森本 淳生 高階絵里香 岩井 茂樹

開所記念講演会 (2001年度)  


明代「嘉靖四十一年賦役黄冊」の語るもの  

岩 井 茂 樹

 

 明代の「賦役黄冊」は,全国で五万から六万以上にのぼった里(図)ごとに一冊,しかも十年に一度の改訂のたび ごとに,副本もふくめて四部ずつ作成された。それらは地方官府と南京の後湖(現在の玄武湖)に保管された。十六 世紀半ばの時点で,後湖の冊庫,計五四七間に,約二百万冊の黄冊正本が保管されていたし,州県,府,布政使司 や各里にも膨大な数の副本があったはずである。しかし,これらはほとんど現存しない。

 かつては京都大学文学部所蔵の明代の簿冊が,「嘉靖四十五年福建泉州府徳化県の黄冊原本」であるとして知ら れていた。九〇年代から賦役黄冊について精力的に研究した欒成顕氏は,この明代簿冊を精査した結果,その体裁と 記載が黄冊の制度に合致せず,これが泉州府永春県の保甲文冊であることを立証した。また,欒氏は現存の「黄冊 遺存文書」を網羅的に研究し,その成果を『明代黄冊研究』(一九九八年)にまとめられた。しかし,「黄冊遺存文書」 に数えられる十種ほどの文書・簿冊のほとんどは,「清冊供単」=黄冊編造にさいして各戸より提出させた申告書, 「抄底」=黄冊の一部を抄写した簿冊,「底籍」=里に保存された黄冊の下書きであって,黄冊原本である可能性を 残すものは二種にすぎない。しかも,この二種には官印が押されていないことからすると,これを官府に提出され保管 された「原本」であると断定することには躊躇を覚える。

 岩井は,上海図書館で資料調査をおこなったさいに,一冊の明代の簿冊を見いだしたが,これはこれまでまったく 知られていなかった「賦役黄冊」,すなわち嘉靖四一年の黄冊改訂の年につくられた浙江厳州府遂安県十八都下一図 の黄冊のうち,第六甲に属する五戸分の記載からなる残本であった。毎葉のとじ目が正方形の官印によって「騎縫」 されていることから,原本にもっとも近いものと推定される。また,黄冊の書写手とは別の筆跡によって,あちこちに 加筆や訂正がなされており,各戸の「実在」の記載には,「本県査対同」「本県査不同」と読める長方形の印記が押され ている。十八都下一図の里長あるいは冊書が作成した「里冊」にたいし,遂安県の官府の胥吏が点検を加えたもので あり,正本や副本は,この加筆訂正を反映したものとして作成されたのであろう。この資料は,そこから明代黄冊の冊 の大きさや体裁,またその作成の過程をうかがうことができるという点で,これまで紹介されてきた簿冊をしのぐ価値を 有するものである。






 冊の大きさは約 50cm×25cm 文字は摩耗しているが,右下部に官印,項目上に点検済みを示す印記


人文科学研究所所報「人文」第四九号 2002年3月31日発行