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報告書 紀要 所報 (第五三号 2006)
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人文科学研究所所報「人文」第五三号 2006年6月30日発行

所のうち・そと


小中学校教員を養成すること

岩 城 卓 二    

 前職場は大阪教育大学で、授業は日本史を中心に担当した。九年間の在職中に感じたのは、教員を目指す学生というのはたいへん真面目な優等生たちだということである。たぶん親を困らせたこともなければ、学校や教員が好きであり続けたのであろう。

 日本史好きの学生も多く、将来の授業に役立てようと真面目に聴講していた。世界史・地理・社会学・哲学等々、卒論でいわゆる教科専門に相当する学問に取り組む学生は少なくなかったが、それでも採用前の学生たちの最大の関心事は、子どもたちと良好な関係を構築するにはどうすれば良いかであった。もしくは子どもたちが静かに、生き生きと聞いてくれるにはどう教えれば良いのか、という教え方についてである。だから自主的に、強制的に、足繁く学校現場に通う。または子どもとふれあうことができる行事に参加する。

 ところが教員採用後、学生たちを悩ませるのは子ども以上に、父兄である。連載をしたいくらいだが、運動会での場所取りに犬を動員した父兄。合図のピストルで二箇所同時に開門されるや、設営の努力を台無しにする父親の激走。そんなに努力した父親が、良い場所を確保できなかったと罵倒する母親。校庭にキャンプ用バーベキューセットを持ち込み、仲良く昼食をする家族。たこ焼き・焼きそばといった屋台が繰り出す小学校。授業参観での私語や携帯電話の着信音は当たり前。一番驚かされたのは「○○君、こっち向いて」と記念撮影をした母親がいたことである。もちろんすべての学校がこんな具合ではないが、その根っこにあるのは学校や教員の軽視で、この風潮は日本中の公立学校に共通することだと思う。さらに教員に敵意をもっている父兄や、小馬鹿にしたような言動をする高学歴の父兄も少なくないらしい。学校や教員が好きであり続けた若い教員たちには信じられないようなことばかりで、ほんとうにいまの教員はたいへんだと思う。

 そんな苦労をしている教員を敵に回すつもりなど毛頭ないが、教育大学で深刻だと思ったことは教員の学力低下である。子ども好きではあるが、知的好奇心を欠如させた教員が多いと感じた。それは教員を目指す学生もである。ところがこうした私の認識とは違い、学校現場ではとくにいまの若い教員は専門的な知が先行しすぎだという意見が強いらしく、教え方を指導することには大変に熱心である。もちろん教え方の向上は不可欠ではあるが、専門的な知を持たない教員の授業はやはりむなしく、言動に重みも感じられない。私は学校や教員が軽視される理由のひとつはここにあると思っている。当然のことだと思うのだが、教員には教え方と専門的な知の双方が求められるのであって、全教科を教える小学校教員も得意技といえる教科をもつべきであろう。

 とはいうものの、いまの学校の現状を知れば知るほど、優等生の学生たちが専門的な知の獲得よりも、子どもや父兄とどのようにして良好な関係をつくるかに関心が向くのは致し方ないと思っている。採用前に、教科の専門的な知が必要だといくら言っても実感がわかないのも当然なのであろう。しかしゼミ卒業生のうち何人かはだいたい三〜五年くらいで自分の専門知識の欠如に愕然とし、これでは授業ができないと口にしていた。採用後、比較的早いうちにこれに気が付く教員がたくさんいるとは思わないが、こうした教員が専門的な知を学ぶ場がほとんど用意されていないのも事実である。

 採用前の養成は教員養成大学が責任を持たねばならないが、採用後の養成には広く社会全体が関わることができるであろう。とくに教科の専門的な知を学ぶのはその必要性が実感できた採用後の方が適しているというのが、教員養成大学九年間で得た感触である。

 ここ数年、都市部では小学校教員の大量採用が続き、やがて中学校教員の採用も増え始めるであろう。この大量採用される若い教員たちが、意欲や向上心を持続できるような場を提供することが必要であるし、一〇、二〇年後にも学校や教員の軽視が続いているのか否かの正念場がいまである。京都大学や人文研も教員採用後養成には関わることができるのではなかろうか。

 学校や教員を軽視し、敵意を持つことは社会にとってこの上なく不幸なことであろう。真面目な優等生たちである。みんなで育てていけば、それに応えるための努力は惜しまないという過剰な期待をいまも持ち続けている。


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