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人文科学研究所所報「人文」第四七号 2000年3月31日発行

夏期講座(1999年度)


創造のとき,進化のとき

阪上  孝    

 時間についてはさまざまな哲学的議論がありますが,今日は『創世記』とダーウィンの進化論を対比しながら,時のデザインについてお話します。

 『創世記』では,神がそれぞれの生物を個別に創造し,天地創造の最後の日に人間を自分の像に似せて創った,と書かれています。つまり生物の「個別創造説」と種の不変性,人間に与えられた特別の位置,つまり人間と他の生物の不連続性です。また『ダニエル書』では,古き世の終焉である最後の審判が説かれる。この終焉は単なる「終わり」ではなくて,神が天地を創造した目的の達成です。だから『創世記』の時のデザインは,「始まり」と「終わり」をもつ目的論的な時間です。

 『種の起源』はこのような時間観念を根底からゆるがします。種が進化する,あるいは進化によって新しい種が生まれるという主張は個別創造説と種の不変性を否定します。ダーウィンによれば,進化は生存闘争と自然選択によって行われます。生物個体の増加と生存条件の変化という条件のなかで,より有利な変異をとげた個体が生き残り増殖するということですが,変異は方向をもたず偶然に起こることでしかないし,生き残るものもその時々の条件によりうまく適応したということでしかない。こうして目的論も否定されることになります。また,小さな変異が累積されて新しい種が生まれるのだから進化は連続的であり,生物界における人間の特別な位置も否定されます。

進化の樹状分岐図(ダーウィン『種の起源』より)。
「始まり」も「終わり」も,明確には示されていない

 ダーウィンの生きた時代には,考古学と地質学が大きな進歩をとげました。それとともに,人類の誕生は旧約聖書がいうよりもはるかに古いことが明らかになり,ノアの洪水のような激変も疑問視されます。いいかえれば,キリスト教の伝統的なタイム・スケールがゆるがされたということです。

 こうしてこの時代に,神のデザインにもとづくキリスト教的な時間観念にかわって,連続的で無目的な時間観念が提起されることになりました。天文学の進歩によって地球が宇宙の中心でないことが示されたとき,パスカルは「宇宙の無限の空間の永遠の沈黙が恐ろしい」と述べて神学的宇宙観の崩壊による意味喪失に対する恐怖を示しました。ダーウィンの進化論は時間に関して,同じような問題を引き起こすといえるでしょう。時間というのは,私たちが生き,感じ,考える上で最も基本的な観念の一つですから,時間観念の変化は大変大きな意味をもつ問題です。ダーウィンの進化論は科学の一分野のみにかかわる議論ではなくて,時間という人間にとって最も根本的な問題にかかわる議論だと考えなければなりません。


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