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人文科学研究所所報「人文」第四五号 1999年3月31日発行

夏期講座(1998年度)


古代メソポタミアの粘土板

前川 和也    

 「モノとしての書物」が今回の共通テーマであるが,古代メソポタミアの粘土板は,〈しょもつ〉の語によってイメージされているものとは,かなりちがう。粘土板は一枚,一枚を綴じあわすことはできない。円筒印章を表面に押すということをのぞけば,粘土板記録は,スティルスで文字を彫りこむことによって成立する。また粘土板に「文学」を記録するようになるのは,かなり後になってからのことである。したがってここでは,「書物」を〈書かれたもの〉と読み,文字情報を伝達する媒体を広く指すと理解しておこう。

 粘土板は,前四千年紀末よりキリスト紀元直後まで,西アジア各地で文字記録のメディアとして広く用いられた。前一千年紀のアッシリアの浮彫りには,一人の書記が羊皮紙のうえにペンでアラム語を書き,あと一人の書記がアッカド語記録を作成するために粘土板に楔形文字を彫りこんでいる様子が描かれている。けれども,アツシリアについての同時代情報は粘土板より得る以外にはない。羊皮紙は発見されていないのである。

 粘土板記録システムは前四千年紀末のシュメールで成立した。王宮や神殿で物品を数え,土地を測り,穀物を量った結果が記録されたのである。メソポタミアの出土粘土板は五〇万枚にのぼるが,ほとんどはこのような行政・経済文書であるから,これらを収めた文書庫の発掘は,枚挙にいとまがない。ところで前八世紀のニネヴェ「図書館」には文学テキストも集められていたが,古い時代にかんしては「図書館」は発見されていない。

 現存するシュメール文学テキストの大半は,シュメール語が死語となった前二千年紀前半に書かれている。それ以前のシュメール時代には,特定ジヤンルの,しかもさほど長くない文学作品しか存在していなかったかもしれない。前二千年紀前半にシュメール文学が再編纂されたのである。既存のテキスト内容が整えられ,長大になり,また新ジャンルの作品も生まれたらしい。そして,書記の卵たちが私塾でこのような文学作品を書き写す練習をくりかえしていた。彼らの練習用教材や彼らの写本の断片群が私塾跡などから出土している。それらをつなぎあわせて,われわれはシュメール文学作品を復元しているのである。

 〈しょもつ〉の特性のひとつは,同一内容テキストが多数作成されるという事実である。シュメール文学粘土板は,私的学校で生徒たちによって複製されたといえる。


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