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人文科学研究所所報「人文」第四五号 1999年3月31日発行

夏期講座(1998年度)


古代中国の木簡

 ――紙より優れた書写材料

冨谷  至    

 歴史上,中国で紙が発明されたのは,紀元一〇五年,後漢の蔡倫による。蔡倫はこれまでの書写材料である簡牘や帛が機能的でなく,かつ不便であることから書写に適した紙を工夫して作り上げたのだと言われている。

 確かに紙は木や絹よりも軽くて廉価であること間違いない。しかしながら,木簡には紙にはない機能が備わっていたのである。

 「封検」という木簡がある。それは,簡面を凹ましてそこに粘土をつめ,その上に印をおして封をするために使われる。場合によっては,その凹部の溝に伝達事項を記入するのだが,文書の機密性を保持するための封筒の役目をもった簡である。

 また,「符」,「券」とか呼ばれる簡もある。二枚一組となって側面に切れ込みを入れて符合することで信を得る通行証や契約書の役割をもつ簡牘である。つまり,木簡は,その上に字を書くだけではなく,文字以外の情報が刻まれた立体的な書写材料といえ,ある意味では平面的な紙よりも,よりモノとしての機能を有していたといってもよかろう。

 木簡は,またカードとしても使用された。帳簿はそれらカードの集積なのだが,今日の帳簿がファイルとして綴じられるように,木簡も次々に追加されファイルとして編綴されていく。しかしファイルとして綴じられた木簡は書物として編綴された簡牘とは,編綴の仕方,収巻の様態を異にする。はじめから分量がわかっており,読むための書物簡と,整理のためのファイル簡とは,同じ冊書であっても異なった体裁を有するのである。このことを考慮に入れて簡牘をみれば,逆にそれが書物として整えられたものか,ファイルとしての記録の集積であるのか知ることができる。

 文字資料は,そこに書かれた内容のみを解読していくだけでは不十分である。どういった材料に,どのように記述され,どういった様態をもち,如何に綴じられているのか,書きモノとして総合的に理解しなければ正確に情報をえることはできないのである。


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