最新 講演会 研究所 研究活動 図書室 出版物 アーカイブ 目次
報告書 紀要 所報 (第四五号 1999)
随想 退官記念 夏期講座 開所記念 彙報 共同研究 うちそと 書いたもの 目次
前川和也 冨谷至 勝村哲也 木島史雄 横山俊夫 森本淳生


人文科学研究所所報「人文」第四五号 1999年3月31日発行

夏期講座(1998年度)


日用百科の使われかた

 ――十九世紀の日本――

横山 俊夫    

 『節用集』は十五世紀半ばの京都にうまれた和漢辞書である。語彙配列が語頭のイロハ順に,さらに人倫や草木や飲食といった部門に分けられ,話し言葉をたやすく漢字語に変換できた。当初は詩作のために写されて広まり,百年後に刊本が出た。さらに百年のちの貞享元禄頃の刊本では,字引のみならず,付録として日用百般の知識も絵入りで載りはじめる。十八世紀末までには数百ページの厚冊も登場,今世紀初めまで活用された。

 十九世紀に広く用いられた厚冊本は「日用百科」と呼んでよい。ふつう,口と字引と奥の三部にわかれる。口の部には,地図や名勝図,公家大名鑑,礼法指南,能楽手引,色紙認め様,歌仙図などがそろう。字引部は全体の七割を占め,上欄には王代一覧,書札礼,寺院名籍がならぶ。また奥には,陰陽五行説にもとづく名付け指南や日選び,方忌み,男女相性といった,いわゆる「雑書」の項目がひしめく。厚冊節用集は,付録部分もあわせてみれば,書きことばを中心とした天地人三才にわたる総合礼法書であり,工業化以前の日本の文明を支えた媒体といえる。

 これはしかし,内容と流布の広さからの推定でしかない。実際にこの書がどのように使われたかを知りたい。そこで,残存本の手沢を調べてみた。それは使用者が折にふれひもとくうちに意図せずに残した,生活上のこだわりの記録とみなせるからである。とくに小口底面の中ほどに出る手擦れのあとを「中地小口手沢相」と名付けて注目。そこを一定条件で写真撮影し,その映像の濃淡分布をスキャナーと電算機で処理して棒グラフにしたものを集め,それらの凹凸の形状が互いにどの程度似ているかを相関計数であらわして分類してみた。

 とりあげた節用集は『永代節用無尽蔵』の十九世紀の諸版。過去十年間に精密撮影した六十数点の中地小口手沢相から九範疇を析出した。それらのうち,「多筆尚雅型」と仮に名付けた一群が際立った。文事や陰陽五行説に執心な,いわば王朝期の風雅をしたう暮らしである。

 デジタル化という抽象化,単純化に助けられての大量高速演算にうつつを抜かす間に,機器のほうからさまざまな“託宣”をうけた。九範疇それぞれに含まれた事例群には,ある程度は地域や職業による偏りがうかがえそうであるが,それらは排他独占的ではない,との発見もそのひとつであった。

 なお,姉妹百科書といえる『大雑書』の使われかたについても,沖縄をふくむ各地での最近の調査の知見を語った。こちらの方は標準的な刊本を定めかねることに加えて,諸家残存本の多くが摩耗破損はなはだしく,特定刊本の手沢相のデジタル化といったような,機械が喜ぶ手法は,今のところあきらめている。


古代メソポタミアの粘土板 前川 和也
古代中国の木簡
――紙より優れた書写材料――
冨谷  至
『百万塔陀羅尼』の語るところ
――再説 歴史家の視角と作家の視点――
勝村 哲也
中国古典籍のブックデザイン 木島 史雄
印刷文化と手稿マニュスクリ
――ヴァレリーにおける〈モノとしての書物〉――
森本 淳生