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人文科学研究所所報「人文」第四七号 2000年3月31日発行

所のうち・そと


ピュフとギャプ

北垣  徹    

 ソルボンヌ広場のオーギュスト・コント像は今,ピュフとギャプに挾まれて立っている。ピュフPUFとはフランス大学出版局(Presses universitaires de France)。クセジュ文庫で知られ,学術書を多数出版するこの伝統的な書店は,経営難から昨年倒産の噂が出回った。土壇場になって大手の出版社フラマリオンの援助により,何とか一命を取り留めることとなったが,ポケット版専門の別の小売店は閉めざるを得なくなったようだ。ギャプ GAP の方は若者・子供向けの衣服を扱い,今や日本を含め世界中に展開しようとしているアメリカ資本の企業。パリでもここ数年のあいだに,マクドナルドほどではないものの,町中でかなりの数の店舗を見かけるようになった。ピュフとギャプ,コントに倣ってこの二つのあいだに立つと,アメリカにたいして現在のフランスの置かれている場所が垣間見えるような気がする。

 旧共産圏の崩壊後,完全にグローバル化しつつある経済。その中心にあって,情報・ハイテク産業に支えられて一〇年来の景気拡大を続けるアメリカ。他方で,一〇パーセントを越える失業率に長らく悩まされてきたところ,近年にわかに最悪の事態からは脱しつつあるフランス。こうした状況のなかで,市場開放・自由競争の原理を唱えるリベラリズムの潮流にどう抗うかは,この国でも大きな議論をよぶ問題だ。とりわけ昨年末にシアトルで開かれた世界貿易機関――WTO,仏語ではOMCと略される――の会議を機に,議論は多方面で広がった。その詳細は別として,一躍表舞台に出てきた一人に,ジョゼ・ボヴェなる農民団体のリーダーがいる。日焼けした顔に口ひげ,彼はすでにこの会議以前に「ロックフォールチーズを守れ」という標語のもと,マクドナルド店を襲撃して逮捕されるという事件で名を馳せていた。こうした単純すぎるまでのパフォーマンスを引っさげてシアトルに乗り込み,他の非政府組織の市民団体と連帯しつつデモを行うボヴェ。そして会議は結局,新たなラウンドの合意に達することなく失敗に終わった。

 とはいえ,ミッテラン政権来の国営企業をあらかた民営化してきたフランスにとって,ごく素朴にリベラリズムに対抗するのはもちろん困難だ。反米に関しても,文化的には二〇世紀初頭から,軍事的にはドゴール以来存在する紋切り型を振りかざしても,たんなる反動に過ぎないだろう。来るべき世紀に向けて,課題は多い。しかしとりあえずのところ,ピュフがつぶれなくてよかったと,私を含め少なからぬ者が安堵しているに違いない。


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