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人文科学研究所所報「人文」第四七号 2000年3月31日発行

所のうち・そと


もうひとつのシュタイン肖像画

瀧井 一博    

 昨年十月,『ドイツ国家学と明治国制―シュタイン国家学の軌跡―』(ミネルヴァ書房)と題する書物を上梓することができた。顧みれば,この本はいくつもの幸運な出会い――資料と人との――の所産という側面が大いにある。そのひとつとして,逆説的ではあるが,ひとつの失敗譚を開陳しておこう。

 すでに最終のゲラを出版社に手渡していたある日,書店で何気なく手にとった雑誌をパラパラとめくっていたところ,一枚の写真が目に飛び込んできた。それは明治二三年十月一三日に伊藤博文や山県有朋らの参列のもと挙行された,「スタイン翁追吊会」の写真である。掲載誌は小学館発行の国際政治情報誌『SAPIO』で,ジャーナリストの櫻井よしこ氏が日本の憲法問題について記した連載記事のなかに,深い意味もなく載っていたのである。

 この写真自体は別に未知のものではない。清水伸『明治憲法制定史』上巻(原書房,昭和四六年)にもすでに掲載されているものである。画家であったシュタインの長子が描いた彼の肖像を背に,伊藤をはじめ,伊東巳代治,谷干城といった面々がおさまっている。だが一驚したのは,写真の鮮明度である。清水氏の著書に掲げられている写真に比して,『SAPIO』誌のものは格段に写りがいい。この写真の拙著への転載を希望していた私は,早速『SAPIO』編集部に電話で問い合わせ,それが毎日新聞社提供のものであることを知ると,今度はそちらへ件の写真の利用を申請し,土壇場で差し替えることができた。こうして拙著には,これまで学界で知られていた「スタイン翁追吊会」の写真よりも,数段良質なものを掲載することができたわけである。出来上がった拙著を手にしたとき,参列者の面立ちがくっきりとうかがえるようになった写真を眺めながら,それとの運命的な出会いに一人感慨にふけった。

 ただ,この僥倖の一方で困ったことも生じた。第一に,写真の典拠が印刷の段階で修正されず,これが毎日新聞社から借用したものであることが明記されなかったことである。この点は出版社の編集ミスとして陳謝したが,もうひとつの過ちは自らの考証についてのものである。既述のようにこの写真のなかには,遺影としてシュタインの長男の筆になるシュタイン肖像画が写っている。長男作の肖像画はドイツにも一点残されており,私は追弔会で用いられた遺影もこれと同じものだろうと勝手に思いこんでいた。拙著のなかでも,そのドイツにある絵を掲げて,そのように解説してしまっている(九〜十頁)。だがよく見てみると,両者は似ているが,顔つきが微妙に違っているようでもある。息子の筆になるシュタインの肖像画はもうひとつ存在するのかもしれない。写真が鮮明になり,かえってこちらの早とちりが露見することになってしまったようだ。拙著を手にする度に,汗顔しながら,そのもうひとつのシュタイン肖像画に思いを馳せている。


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