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報告書 紀要 所報 (第四九号 2002)
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所のうち・そと


二股大根論序説

菊 地  暁

 ここ数年,何の因果かアエノコトに没頭している。

 石川県の奥能登に伝えられるアエノコトは,農家の主人が田んぼから「田の神様」を迎え入れ,お風呂やご馳走で労 をねぎらい,収穫を感謝し豊作を祈願する儀礼である。目には見えない田の神様をあたかも居ますが如くに振る舞う古 めかしい演劇的所作が特徴とされている。また,さまざまなアイテムが田の神様を可視化するために用いられ,その一つ に「二股大根」がある。私は精神分析科医ではないので,世の全てが男根と女陰に見えるわけではないのだが,二股大根 の白い,丸みを帯びてむっちりした形状が女身になぞらえられることは一応了解できる。実際,二股大根が民俗行事に おいて豊饒祈願に用いられるのは,女体との類似に基づく模倣呪術となるからだ。

 二股大根の昔話を聞かされたことがある。ある日,田の神様が餅をのどにつかえてしまったので,若い嫁に大根を所望 した。おろし大根がつかえた餅をとるのに良いからだ。だが,その姑が厳しく一本たりとも分けることはならないという。 そこで嫁は,大根を割いて二股にして分け与えたのだそうだ。二股なら「傷物」なので分け与えてもかまわない,ということ だろう。

 この話は一体何を意味するのか。単純に考えると,田の神様に二股大根を供える儀礼を説明する起源説話と解すること ができる。だが,どうもそれだけにはとどまらない。というのも,話の主人公が儀礼の担い手たる男性家長ではなく,わざ わざ若い嫁とされているからだ。若い嫁が来訪する男(田の神様)の誘いにそそのかされ,姑の禁止をかいくぐり,その 誘いに応じてしまう。繰り返すが私は精神分析科医ではないので,全てを性に還元するつもりはない。だが,この話はどう も性的ニュアンスがつきまとう。そう考えると,二股大根は,若い嫁の股それ自体を暗示しているのではなかろうか。なんと も即物的なイメージがわいてくる。

 とはいうものの,実は,それ以上の意味がこの話に含まれているとは思っていない。というのも,アエノコトから「家永続 の願い」というイデオロギー的含意を仮構してきた民俗学者たちを別にして,当の伝承者に行事の存在理由を尋ねるなら, 「行事の後のご馳走が楽しみだから」といった極めてプラクティカルな返答が多いからだ。察するに,この話は,行事の後 のご馳走を前にして語られる酒の肴,場を盛り上げるエロティックな笑話という以上の意味はないのではなかろうか。

 そうはいっても,そうしたエロティックな空想を喚起してしまう二股大根というモノそれ自体の「力」のようなものは,やはり 注目に値する。共同研究「フェティシズム研究の射程」に参加して二年,物体(object)と主体(subject)をめぐる曖昧模糊 とした関係性について考えされられることが多いのだが,私自身,未だ確たる見通しもないまま彷徨っている。  さて,二股大根論「本論」が書かれるのは,いつの日になることか。



人文科学研究所所報「人文」第四九号 2002年3月31日発行