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人文科学研究所所報「人文」第四八号 2001年3月31日発行

所のうち・そと


本当は内緒にしておきたい密かな楽しみ

矢木 毅

 人にはそれぞれにパラダイスがあり,オアシスがある。人文研の助手という身分は,駆け出しの研究者にとっては,まさにパラダイスのような境遇にちがいないが,私はその本務先である研究所(分館)とは別に,密かにある処をオアシスと定めて足繁くそこに通っていた。

 週に一度,西宮での非常勤の講義を終えた私は,まず大阪駅前第三ビル地下二階の「はがくれ」で讃岐うどんを食し,おなかの虫を養ったところで,おもむろに御堂筋を逍遙し,やがてお目当ての府立中之島図書館・古典籍資料室の静謐の中へと足を踏み入れていく。いまさら私ごときが紹介の労を取るまでもないが,そこには佐藤六石氏旧蔵の,わが国屈指の韓本コレクションがあり,私たちはこれを公共図書館に特有の気安さによって,資格を問われることなく自由に閲覧することが許されているのである。

 閲覧の手続きを済ませ,お目当ての韓本を手にした私のその後の行動については,実のところ,ここにはあまり書き記したくなかった。

 ひとしきり韓紙の手触りを楽しみ,内容に目を通した私は,閲覧カウンターに赴いて文献の複写を申請する。ここでも申請はすんなりと受理されるが,そこは痛み易い線装本のことであるから,司書の方はブック式複写機(本が痛まないように上から撮影する機械)で複写すべき旨の指示を出されるのだが,いざ,別室の複写カウンターに本を持って行くと,複写業務を請け負う大阪発明協会の皆さんは,無造作に本をひっくり返し,ガラス面に本を押し当てて,実にてきぱきとコピーを取っていって下さるのである。

 綴じ糸が切れたりしたらどうしよう――そんな私の心配を他所に,コピーはたちまちに仕上がっていく。なにがしかのお金を支払ってこれを受け取った私は,原本の返却手続きを済ませると,すこし困ったような,でもやっぱり嬉しいような,複雑な思いを胸に帰途につくのであるが,そうして手にした朝鮮人の文集などを,赤鉛筆片手にぽちぽち句読を切って読み進めていくひとときが,やはり私にとってはなによりの楽しみである。

 この冊子が出版されるころ,私はすでに京都を離れて宮崎に転出していることであろう。人文研を離れることは寂しくはないが,中之島が遠くなるのはやはりすこし残念なような気もする。


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